さまざまなものを「つくる人」にお話を伺い、人として生きていくのに必要なものに迫るインタビュー企画。今回登場するのは、軽い力で描けて、鮮やかな発色が特徴の色鉛筆「toirono(トイロノ)」の開発者・三菱鉛筆の福田千絵さんです。構想の初期から数えると長い歳月がかかったこの商品には、子どもから大人まで「描く楽しさ」を感じられるようにという深い想いが込められています。福田さんご自身の原体験や子どもたちの声に耳を傾けながら、一本の色鉛筆にどんな願いを込めたのかを伺いました。
三菱鉛筆株式会社 福田千絵さん プロフィール
色鉛筆「toirono」の商品開発を担当。子どもの頃から色鉛筆に親しみ、手紙での文字のやりとりに感動した体験から筆記具メーカーに入社。「書く・描く」ことの楽しさを届けられるよう、商品開発に取り組んでいる。
自然に囲まれた子ども時代が育んだ、感覚の引き出し
未来:まず、福田さんの子ども時代について教えてください。どんなお子さんでしたか?
福田千絵さん(以下、敬称略):実家の庭で雑草を摘んでおままごとをするのが好きで、使わなくなった食器で「お吸い物」を作ったりして遊んでいました。おばあちゃんと塗り絵をした記憶もあって、「縁取りして塗るときれいだよ」と教えてもらったことが印象に残っています。近くには森林公園のような自然が豊かなところもあり、虫や鳥を観察するなど、自然と触れ合う時間が多かったですね。
未来:自然の中で五感をフルに使った遊びが子どもの成長にすごくいいことは、「未来へいこーよ」で脳科学の専門家の方にお話を伺った記事でも紹介しました。福田さんにとっても大きな原体験になっていたのですね。
福田:あとは赤ちゃんのころから家にピアノもありました。5歳上の姉はきっちり教本通りに弾くタイプでしたが、私は鍵盤を叩いたり、音を鳴らしたりして、感覚的に音と遊ぶのが好きでした。練習は苦手でしたが、音のにぎやかさが楽しかったですね。
子ども時代の手紙体験が、筆記具メーカーへの道に
未来:子ども時代のお話から好奇心が旺盛な様子が伝わりますね。子どもの頃の経験が、今のお仕事にどうつながっていったのでしょうか?
福田:父が海外赴任していた時期があり、家族と手紙をやりとりしていたんです。知らない国から届く封筒、自分の書いた文字が遠くの誰かに届くという感覚がすごく新鮮で、心に残っていました。
手紙は、ただの連絡手段じゃなくて、気持ちを伝えるものですよね。その体験から「筆記具ってすごい」と感じて、いつかそんな道具に関わる仕事がしたいと思うようになったという話を三菱鉛筆の入社試験でもしました。この会社を選んだのは、三菱鉛筆の商品が小さい頃から使っていた身近な存在だったことと、色鉛筆や色が鮮やかなユニカラーなどワクワクする文房具が多かったからです。
色鉛筆は、そばにいてくれる「遊び相手」
未来:色鉛筆に、どんな魅力を感じていますか?
福田:三菱鉛筆の色鉛筆が家にあって、ふたを開けたときの色の鮮やかさにワクワクしたのを覚えています。

未来:まるで宝箱を開けるような感覚ですね。
福田:まさにそうです! 色鉛筆は、いつもそばにいる「遊び相手」のような存在でした。扱いも簡単ですし、自分の好きな色を自由に選べます。だから、小さい頃の私もよく色塗りをしましたし、いまの子どもたちも遊びの選択肢は増えましたが自然とお絵描きすることが楽しめるようになってくれると嬉しいですね。
日常に溶け込む色鉛筆だからこそ、できること
未来:「toirono」はどんな想いから生まれた商品なのでしょう?
福田:「身近な遊び相手」であるからこそ、色鉛筆は日常に溶け込み逆に意識されない存在になっていないか?と感じたことがきっかけでした。たとえば小学校の授業などで子どもたちが使う画材は、ダイナミックな表現がしやすいクレヨンや絵の具が多いですよね。色鉛筆は細かい色塗りに適しているので観察日記や短歌の挿絵などに使われたりします。もし、子どもがふだんから親しんでいる色鉛筆の形のまま、広い面も塗れたら、もっと表現の幅が広がるはずではないかなと。toironoは、そんな思いから生まれました。
もともとしっとりとした書き心地になる芯開発の技術がベースとしてあったのですが、それを「色鉛筆で広い面を軽い力で塗る」というシーンで活用することは、これまでアイデアとして形にされていませんでした。今回は技術部門と開発部門、両方の視点が重なったことで、軽い力でも塗りやすい色鉛筆として実現できたんです。
開発にあたっては、どんな瞬間に使う人が「うれしい」と感じていただけるか、生活の中の具体的なシーンを思い描きながら進めました。三菱鉛筆は2022年からありたい姿2036「世界一の表現革新カンパニーになる」を公表し、「生まれながらにすべての人がユニークである」という信念のもと、“書く・描く”を通じて、世界中あらゆる人々の個性と創造性を解き放つことを目指しています。toironoは、広い面を軽い力で濃く塗れるという機能的なものから「描きたくなる」「表現してみたくなる」ということをより感じていただけるようなものを少しでも多く届けられるようにと考えてきました。

未来:開発にはどのくらいかかったんですか?
福田:構想の初期からだと複数年はかかりました。最初の構想段階がとくに長くて、「何がうれしいのか」「なぜその違いが大事なのか」を明確にし、社内に伝えていくのが大変でした。
未来:「toirono」で採用されている色には、どんな工夫が込められているのでしょうか?
福田:色には様々な顔がある、ということを感じていただきたくてトーンを意識してラインアップを決めました。明るいトーンは可愛いお洋服にときめいた気持ちも描けるかな?暗めのトーンは夕暮れに公園で見つけた葉っぱの色を表現できるかな?と子供たちがワクワクドキドキした気持ちをそのままに色選びしていただけたら嬉しいなと思います。誰に決められたりするのではなく、自分自身のときめき、ひらめきを大事に表現していただく一助になればと思っています。
また、今回白ではなくライトグレーをラインアップに入れています。たとえば雪や雲を描くときでも単純に白く塗るのではなく、影などトーンを変えて表現するなど細かいところをよく観察するなどといった新しい表現が広がったらうれしいです。色鉛筆画というと、写実画や細密画がイメージされることもあり、すこしハードルが上がってしまう場合もあります。
まずは、色鉛筆で点を打つだけ、線をクロスさせるだけ、模様を描くだけなどちょっとした工夫でも素敵な表現になります。toironoは色が濃く発色がよく、ちょっとした模様も表現しやすいので、絵を描くことに身構えず、誰でも自由に表現できるという体験をしていただけたら嬉しいです。
名前に込めた「十人十色」の願い
未来:「toirono」という名前には、どんな意味が込められていますか?
福田:「十人十色の表現を応援したい」という想いを込めました。子どもも大人も、それぞれの視点や感じ方で世界を見つめていて、どの表現にも正解や不正解はありません。色鉛筆というツールを通して、もっと自由に、自分らしく思いを描いていただけたらと思っています。「toirono」の最後の「no」は、「十色の~」という意味で、いろいろなものをそれぞれの思いや表現がつながり、またそこに色鉛筆が寄り添う存在でありたいという想いを込めています。

中敷きには色の3つの性質や明度と彩度、色鉛筆の塗り方の解説が入っています。「普段使うときに何気なく眺めて、ちょっと試してみようかなという気持ちに、お役に立てればというという想いで入れました。親子の話題のきっかけになるような作りにしているので、あえて説明しすぎないように工夫しています(福田さん)」
色は、思考や感情を整理するきっかけにもなると思います。自分の気持ちに気づく手がかりになったり、人の感じ方に想像を巡らせる入口になったりします。そんなふうに、色鉛筆がそっと人と人を繋いで想い合うきっかけになってくれたらうれしいですね。
「toirono(トイロノ)」という名前をつけることで、ただの道具としての色鉛筆だというのではなく愛着や親しみやすさを持っていただけるように意識しました。「トイロノ」と声に出したときのリズムや音のやさしさも、色鉛筆が持つ世界観とすごく合っていると思っています。アルファベット表記にしたのは、デザインを考えるときに「t」の文字が「+(プラス)」のマークに見えたんです。人や色に寄り添い、つながっていくイメージを込めています。
未来:パッケージにもこだわりがあるそうですね。
福田:広島などへ届けられた「平和への願い」が込められた折り鶴を紙に再生した社会貢献型素材を一部使用しました。折り鶴のカケラのいろんな色が混ざっている紙なので、色鉛筆のカラフルさとマッチしていますし、色鉛筆でついた跡も自然と馴染むような風合いに仕上がっています。
この紙を選んだ背景には、再生材を使うことで環境に配慮することにとどまらず、自分のものとして愛着が持てるようになることの大切さを感じていただきたいという想いがあります。親子で使うとき、つい「きれいに使わなきゃ」と構えてしまいがちですが、少し意図しない何かを描いてしまったとしても汚れとしてではなく、自分のオリジナルとして受け入れてほしいなと、そんな思いも込めたデザインです。パッケージ自体も紙製の本のケースのようになっていますが、自由に浮遊している絵に合わせて、描き足してしまってもいいようなデザインになっています。自分の好きな色や形を描き込むことで、世界に一つのtoironoになり、より大事な存在になるかもしれません。実際にサンプルが届いた日に、私の2歳の娘は赤と青で一瞬のうちにたくさん線を描いていて(笑)、我が子ながらうれしい反応でした。
驚きとワクワクを届ける色鉛筆に
未来:「toirono」で子どもたちにどんな体験を届けたいですか?
福田:実際に使っていただいている場面を見たときに「本当の赤だ!」「黄色がちゃんと黄色に見える!」と子どもが驚く姿を見たり感想を伺ったりして、とてもうれしかったです。4歳の子の色鉛筆で絵を描くときの力が弱くて悩んでいるお母さんがいらっしゃって、その方に「軽い力で描けますよ」とtoironoを紹介したら、実際に試してみて発色よく描けることに驚きつつ、うれしそうなご様子でした。そういった体験をご提供できるといいなと思っていたことだったので、とても感動しました。

未来:保護者からの反響はいかがですか?
福田:「気持ちいい!」など、大人の方からも好評をいただいています。塗り絵をしていると没入感があるので、リラックスやストレス解消に使っていただけているとしたら、うれしいですね。
絵を描くことで育まれる「表現の幅」と「心の声」
未来:子どもが絵を描くことで育まれる力として、福田さんが特に大切にしていることは何ですか?
福田:外部のアーティストの方や美術関連のお仕事をしている方とお話しすると、よく名前のことを言われるんです。「福田千絵さんって、名前に『絵』が入っているんですね」って。私の名前は千の絵と書いて、“絵をたくさん描くように、たくさんの夢を見て欲しい”という意味だと親から聞きました。実際、絵は描けば描くほど、子どもたちの頭の中にあることや気持ちが表れてくると思うので、それが私はとても大事だと思っています。
とくに小さい子どもって、まだ語彙が少ないので、気持ちをうまく言葉にできないこともあると思いますが、そのぶん、色を使って感情を表現しているんだと思うんです。だからこそ、色鉛筆という道具で、モヤモヤしていることも、ワクワクしていることも、自由に出してもらえたらうれしいですね。
toironoは、細かい描写も広い面もどちらも対応しやすい色鉛筆なので、様々な表現がしやすいんです。大人はつい「何を描いたの?」とか「リンゴは赤でしょ?」と口を出しがちですが、それよりも、子ども自身の感じたままの色や形を大切にしてあげてほしいと願っています。好きなように描くことが、表現する楽しさや自分らしさもつながっていくと思います。
子どもたちの自由な遊びから気づいた、鉛筆の可能性
未来:普段、ご自身のお子さんと接している中で、「toirono」や三菱鉛筆の存在があってよかったなと感じたエピソードはありますか?
福田:あります、あります(笑)。ある日、近隣の小学校に鉛筆の持ち方教室を行う日があり、「お母さん、鉛筆の先生やるよ」って子どもに言ったら、上の子(5歳の男の子)が目をキラキラさせて「えー!鉛筆の先生ー!」って大興奮で。自分の母が鉛筆を作ってるって、なんだか特別な響きがあるんでしょうね。
下の子(2歳の女の子)はもっと自由で、色鉛筆を文具としてじゃなくて、木の棒として遊んでいたんです。床にじゃらじゃら転がして、すごく楽しそうに。確かに、鉛筆ってもともとは木の素材ですし、それもひとつの楽しみ方なんですよね。親としては「そんな遊び方して…」って一瞬思いがちなんですけど、夢中になって触っている姿を見て、生活の中で身近にある文具の持つおもしろさや楽しさの原点を見せてもらったようで、むしろこっちがハッとさせられました。
そのうち、色鉛筆を手いっぱいにガッと握って、そのまま何本もまとめて描き始めて(笑)。一本一本を意識してるわけじゃないんですが、いろんな色が混ざり合って、できあがった絵もとってもおもしろかったんです。力の弱い子どもでもtoironoならしっかり描けるので、遊びの中から自然に「描く楽しさ」に触れているんだなと感じました。色が混ざる感触も含めて、toironoならではの魅力だと思います。
観察力と感性を育てるモノとして
未来:保護者が子どもと一緒に「toirono」を使うとき、おすすめの声がけなどはありますか?
福田:例えば、親子で一緒に植物を描くときに「葉っぱって本当に全部緑かな?」と問いかけてみていただきたいです。それで「実際に見てみよう!」と公園に出かけてみると、実際の葉は裏が白かったり黄色っぽかったりすることに気づいたりすると思います。そんなふうに、色をきっかけに「よく見る」「よく知ろうとする」という体験につながったらうれしいです。

また、子どもが見ている色って、大人とは違うかもしれませんよね。リンゴひとつとっても、真っ赤だけじゃなくてオレンジがかっていたり、ちょっと青みがかっていたりすることもあります。その子が感じた色を「そう見えたんだね」って受け止めてあげることが、表現する楽しさや自信につながったらなと思います。
未来:観察することで、新しい発見がありそうですね。
福田:はい。芯がやわらかくて重ね塗りがしやすいので、色を組み合わせてみたときに「こんなふうに見えるんだ!」と驚く瞬間があると思います。そういう気づきが、色やものの見え方への興味につながるといいなと思っています。
親子で一緒に絵を描きながら、「どの色を混ぜたらこんな風になるんだろう?」とか、「これってどんなふうに見える?」と会話を交わしてみていただきたいんです。ただ描くだけじゃなく、感じたことや発見を話し合う時間になったらうれしいです。遊びの中で自然とコミュニケーションが広がって、子どもの表現力や観察力も育っていく。そんな時間のきっかけになれたらいいなと願っています。
三菱鉛筆の世界を体感できる場所「o-i STUDIO」
取材を行ったのは、三菱鉛筆が運営する「o-i STUDIO(オーイスタジオ)」。開館時間中はどなたでも自由に入場でき、三菱鉛筆の色鉛筆やボールペン、サインペンなど、さまざまな筆記具を試し書きすることができます。
館内には親子で楽しめる絵本や図鑑も多く並び、筆記具を使ってみることだけではなく、様々な利用ができる施設になっています。また、イベントスペースとして貸し出しも行っており、学びや交流の場としても活用されています。

展示什器にもこだわりがあり、実はまだ鉛筆になる前の素材「切り出す前の鉛筆」で組まれたオブジェクトも。ふんわりと木の香りがただよい、空間そのものが筆記具の魅力を伝えてくれます。

toironoをはじめ、三菱鉛筆のものづくりに触れてみたい方は、ぜひ訪れてみてください。
取材を振り返って
福田さんのお話を通して見えてきたのは、「toirono」が色を通じて子どもたちや色鉛筆を使う方の心にそっと寄り添い、表現の自由と楽しさを支えてくれる存在だということです。軽い力でも鮮やかに描ける工夫や、色が混ざり合う驚きを体験できる芯のやわらかさ、中敷きの紙にまで込められた配慮、そのひとつひとつに、子どもたちの「描きたい気持ちを大切にしたい」という強い想いが詰まっていました。親子で一緒に絵を描いて「どんなふうに見える?」「どんな色を使ってみようか?」と話しながら過ごす時間。そんな何気ないやりとりの中に、子どもの感性や個性が育まれていく。「toirono」は、そうした心の動きを応援してくれる道具なのだと感じました(KAZ)。
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