「好きなことを仕事にする」と聞くと、子どもの頃から一途に夢を追い続けた人を想像するかもしれません。消しゴムはんこ作家の津久井智子さんは、15歳のときに何気なく始めた消しゴムはんこをきっかけに、著書の出版や全国でのワークショップなど、活動の幅を広げてきました。けれどご本人が語るのは、「好きを貫いた」というより、「求められることに応え続けていたら、ここにいた」という歩みです。子どもの「好き」を大人はどう見守ればいいのか。そして、「好き」と「得意」はどう育っていくのか。「好きなことと得意なことと社会との接点を探し続けた人の話」を、津久井さんに伺いました。

消しゴムはんこ作家・津久井智子さん プロフィール
埼玉県出身、静岡県熱海市在住。15歳から消しゴムはんこの制作を始め、2003年に屋号「象夏堂(しょうかどう)」としてオーダーメイドの制作を開始。2005年に主婦の友社より著書「消しゴムはんこ。」を出版し、消しゴムはんこ作家として本格的に活動を始める。これまでの著書は15冊以上。全国でワークショップやイベントを開くほか、イラストや商品デザイン、壁画制作なども手がける。近年は消しゴムはんこで大きな絵を描く「HANKO ART」にも取り組んでいる。
「彫ったはんこをあげたら喜ばれた」から始まった
津久井さんが消しゴムはんこに出会ったのは15歳のとき。絵を描いたり漫画を描いたりするなかのひとつとして、なんとなく彫りはじめたのがきっかけでした。
「絵を描いてあげるより、彫ったはんこをあげる方が喜ばれることが多くて、自然とはんこ屋のようなことをするようになったんです」
趣味で彫っていただけなのに、口コミで広がっていったといいます。「自分の消しゴムを持ってきたから、パンダを彫って」や「名前を彫って」と、みんなが頼みごとを持ってくるようになった。「すごい」「かわいい!」と言われるのがうれしくて、それが自分のアイデンティティ(存在意義)になっていった」と津久井さんは振り返ります。
「絵も好きでしたが、それ以上に、自分の特技を通していろんな人と交流できることが良かった。消しゴムはんこは私にとって外界とのコミュニケーションツールとなりました」
周りに「消しゴムはんこ」を作る人があまりいなかったこともあり、おもしろがってくれる大人がたくさんいました。野外フェスなどのイベントに出店し、ホームページを作り、オンラインで受注制作し、本を作る、という流れが少しずつできていき、最初の一冊「消しゴムはんこ。」がベストセラーになると、文房具メーカーからワークショップや監修の依頼が届くようになりました。
「自分が思っている以上に仕事として成り立ってしまって、後には引けなくなった感じです(笑)」

消しゴムならではの繊細さやカーブの滑らかさ、インクのグラデーションを生かした版画作品。
「好き」がいくつも重なって、今の仕事になった
津久井さんにとって消しゴムはんこは、絵を描いたり物を作ったりすることと同じく、数ある「好き」のひとつでした。子どものころの夢は、じつはマンガ家。消しゴムはんこも、絵やマンガを描くなかでやっていたマイブームのひとつでした。
「消しゴムはんこにハマッたときに、もしも誰にも褒められたり喜ばれたりしなかったら、私はわりとすぐに飽きてやめていたと思います」
もともと大好きだったのは、本や漫画を読むこと。学期のはじめに教科書を全部読んでしまうほどの読書好きで、旅行やお祭り、文化祭、新聞作り、ホームページ作りなど、夢中になったものを次々に挙げてくれます。
「好きなことが一つも無駄になっていないと思います。漫画も旅行も、お祭りも、文化祭も、新聞やホームページを作ったことも、それらすべてが今の仕事に役立っています」
ひとつの「好き」だけでなく、いくつもの「好き」や「得意」が重なり合い、その経験が今の仕事につながっています。消しゴムはんこも、その中のひとつでした。
「私は消しゴムはんこが特別好きだったというよりは、絵を描いたり、何かを作ったりすることが全般的に好きだったんだと思います。そして、自分のアイデアや特技で人に喜んでもらえることが嬉しかったんです」
技術としての消しゴムはんこは、比較的早い段階で身についたといいます。
「本来の私は、趣味ができてもある程度上手にできるようになると、すぐに別のことへ興味が移るタイプです。でも消しゴムはんこは、自分の特技が人に喜ばれたり役に立ったりしたので、趣味以上のやりがいを感じて、仕事として長年続けることができました」
強烈な「好き」だけが出発点とは限りません。好きだったことが得意になり、その得意なことが人に喜ばれたことで続いてきた。津久井さんの歩みは、そんな道のりだったのかもしれません。
津久井さんと同じように、消しゴムはんこを仕事にしている人たちを見ていても、イラストのツールとして使う人、教室ではなく作品のみを作っていく人など、それぞれ違うそうです。ひとつの「好き」だけでなく、いくつもの「好き」や「得意」が重なり合って、その人ならではの仕事のかたちになっていく。津久井さんは、そんなふうに感じているといいます。
津久井さん自身の仕事も、その多くは「向こうから」やってきたものだといいます。展示やワークショップ、本の出版、商品の監修。こうした依頼は、お問い合わせフォームやSNS、知り合いを通じて、さまざまな形で届きます。自分から売り込むというより、声をかけてもらったことに応えるうちに、少しずつ活動の幅が広がってきました。
「やったことのないことでも、『やってみませんか?』と声をかけてもらえたということは、『この人ならできそう、やったらおもしろそう』と思ってくださったということ。その期待として受け取って、やれるだけやってみます、という感じで引き受けてきました。欲張りなので、なるべく断りたくないんです(笑)」
「自分から計画的に道を切り開いてきたというより、声をかけてもらったことに興味を持って挑戦しているうちに今の形になった、という感覚です」
教室で大切にしているのは、多少のケガも込みで経験すること

消しゴムはんこのワークショップは、大人の女性の参加者がとくに多く、10年以上通い詰めて作品を作る人も。
津久井さんが開く消しゴムはんこ教室は、推奨年齢が10歳以上で、それ以下の年齢では大人のサポートつきの参加が条件。刃物を使うため、ある程度まで手指の大きさが育っていることが必要だと考えています。
怪我せず、姿勢を歪めず、彫りたい線を自由に描けるための、基本的な姿勢や刃の持ち方は実演を交えて説明しますが、それはあくまで「自分がやりたい表現を自由にできるようになるためのお手伝い」だと考えていて、独自に工夫して自分なりの最適解を見出せる人には、細かい指導は控えるようにしています。
「昔は彫刻刀で作品を作ったり、ナイフで鉛筆を削る授業がありましたが、最近は『子どもに刃物を使わせるのが危ない』という声や、保護者からのクレームで彫刻刀やナイフを授業で使わせない学校もあると聞きます。でも、それはいちばん習得力の高い時期の貴重な経験を奪っているんじゃないかと思うんです」と、危惧しています。
「転ばぬ先の杖ばかりでは、自分で工夫する楽しみを奪ってしまうし、指先を少し切るくらいのケガも込みで失敗を経験した方が身になるのかなと思っています。特に子どもに教えるときは、あまり先回りして100%説明しようとせずに、ゴールや理想形だけを見せて、『こうなるのが目標です』とだけ伝えて、ゴールまでの道程はある程度自分でベストを探してもらう方が、自分だったら楽しいんじゃないかと」
興味深いのは、大人と子どもの上達スピードの違いです。大人は説明されていないことができず、失敗しないために、実際に手を動かす前に質問する方が多いです。一方で子どもは自分でどんどんやってしまい、細かい失敗を恐れないので、大人の5倍くらい上達が早いのだそう。
「大人よりも子どもの方が発想が柔軟で、想像力・応用力・理解力・集中力がすごいと感じることばかりです。だから、大人には『お子さんにああしろ、こうするなと言うよりも、この勢いとか自由さを見て、自分の童心を思い出してほしい』と感じます。子どもがお手本です。」
「好きを邪魔しない」ことが、大人にできる一番のこと
津久井さんに、子どもの「好き」に大人がどう関わればいいかを尋ねると、迷わずこう答えてくれました。
「好きなことに関して大人ができるのは、どれだけ邪魔しないか、しかないと思っています」
津久井さん自身、自分がやってきたことを振り返ると、親に反対されたり嫌な顔をされたりした記憶はほとんどないといいます。
「母と私は性格も得意なことも全然違うので、母と同じようにやろうとしても無理だったと思うんです。でも、自分なりのやり方で思うようにやればいいと、大らかに任せてもらえていた感覚があります」
親に自分のやり方をコントロールされず、好きなことを気の向くままにのびのびとさせてもらえていたこと。それが今につながっていると感じています。
「だから私も、人の好きなことややり方を、あまりコントロールしたくないんです」
これからの時代を生きる力とは? 得意なことで、誰かに喜んでもらう

津久井さんは、自分では「ポンコツ」だと思うところも多いと笑います。期限に間に合わせるのが苦手だったり、耳から聞いた言葉が頭に入りにくかったり、片づけや段取りが苦手だったり。それでも、集中力だけはあるといいます。
「自分にはできないことが多いんですが、そのぶんを、せめて人にはできないことができる強みでカバーしたかったような。消しゴムはんこという特技があったから『これが喜ばれれば、社会にいても許されるんだ』と思える、居場所のようなものが得られた感覚があります」
人に求められること、喜ばれること、褒められること。そして「すごい」と思ってもらえること。それこそが自分にとって大きな原動力だったのかもしれない、と津久井さんは振り返ります。
「自己承認欲求というと聞こえはよくないかもしれませんが、喜んでもらいたいとか、褒められたいとか、お客さんや依頼してくださった方をがっかりさせたくないという気持ちは、間違いなく大きな原動力でした」
「好きなことを仕事にするのは素晴らしいことだと思います。ただ、仕事として長く続けるためには、好きなだけでなく得意であることや、オリジナルであることも大切だと思っています」
子どものころの夢だったマンガ家には、結局なれませんでした。
「本当に好きで描いていたマンガは、あこがれの作家さん達と比べてしまうと、稚拙に思えて恥ずかしくて、とても自信が持てず、投稿したり世に出すまでに至らなかった。人に評価もされたくないし、とやかく言われたくもない。好きなあまり、かえって仕事にはできなかったんです。そして、無理に仕事にしなかったおかげで、今も純粋に趣味として漫画を楽しめていると思います。」
一方で消しゴムはんこは、はじめから人に見てもらい、喜ばれ、役に立つために作ることができた。
それに、当時は他に同業者もいなかったので、のびのびと開拓できた。
「私の場合、好きなことがそのまま仕事になったというより、好きだったことが得意になり、その得意なことが人に喜ばれたことで仕事になったのだと思います」
消しゴムはんこを彫ること自体は、比較的早い段階で特技になりました。
でも、その特技をどう活かすか、どう人に喜んでもらうかを考え続けることは、今でも終わっていません。
好きなことと得意なことは、必ずしも同じではありません。でも、その二つが重なり、誰かの役に立つ場所を見つけられたとき、それは長く続けられる力になるのかもしれません。
取材を終えて
取材でいちばん印象に残ったのは「好きなことに関して大人ができるのは、どれだけ邪魔しないかしかない」という津久井さんの言葉でした。僕自身、子育てで大切にしてきた「見守る・先回りしない」という構えと、まっすぐ重なる言葉だったからです。15歳の津久井さんが消しゴムはんこを彫りはじめたとき、それを止める大人がいなかったこと。そのささやかな余白が、今の津久井さんを作っています。「好き」を信じて応援すること、そして何より、邪魔をしないこと。それこそが、子どもの生きる力を育てる、いちばんシンプルな方法なのかもしれません。(KAZ)
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