岸壁採集や幼魚に関する本の出版をはじめ、テレビやイベントなどで活躍している「岸壁幼魚採集家」の鈴木香里武さん。香里武さんに好奇心ややりぬく力など「生きる力」についてお話していただくインタビューの第2回です。今回は幼魚たちの「生き様」になぜ魅せられたのか、また好きなことに夢中になっている子どもにかけるべき言葉について伺いました。
鈴木香里武さんのインタビュー第1回はこちら
「海洋学」ではなく「心理学」を学んだ理由
未来:子どもの頃から魚好きな香里武さんが、大学では魚の専門である「海洋学科」ではなく「心理学科」を選んだ理由は?
僕が通っていた学習院は、大学に海洋学科がなかったので、高校1年生の途中くらいまでは別の大学の海洋学科を受験しようと思って、理系の勉強を始めていました。ただ、いろんな大学の研究所を見学に行ったりする中で「本当に自分でやりたいことって、海洋学なのだろうか?」と疑問に思うようになって。例えば「1種類の魚を徹底的に深く研究していくことが僕のしたいことだろうか?」と考えると、ちょっと違うことに気づいたんですね。
僕は単なる魚好きなので、多くの人に「こんなにかわいいんだから!」と魚の魅力を伝える仕事がしたいなと。それは、師匠であるさかなクンの活動に影響された部分ももちろんあります。さかなクンのような人はもう多分二度と出てこないくらいすごい人と思っているのですが、そんなさかなクンの講演会が身近にあっても聞きに行かないような、「魚に興味がない人」はまだたくさんいて、そんな人に魚の魅力を伝えたいんです。
未来:さかなクンと出会えたおかげで、自分が目指す未来について視野が広がったのですね。
高校1年生のときに「魚に興味がない人が、興味を持ってくれる方法って何だろう?」と考え始めて、そこで「水族館は『癒しの空間』だって言われるけどなんでだろう?」と調べてみたら、心理学で魚を扱った研究って海外で細々あるぐらいで、日本ではほとんどなかったんです。だから「魚と癒し」というテーマで一つ入口が作れるかなと思い、心理学科に行きました。
未来:心理学というと人間の心が中心のイメージがありますが、香里武さんにとっては魚が中心にあって、魚によってどう人間の心が癒されるかが「心理学を学ぶ理由」なんですね。
僕が研究したかったことは、あくまで魚なんですね(笑)。世界中にたくさんの水族館があって、とくに日本は100館以上。狭い国土の中で、世界で一番の密集度を誇っているんです。こんなに魚を見る文化が根付いた国はないので、そうなった要因にすごく興味があったんですよ。
漠然と「水族館に行くと癒される」とは言われてるけど、魚の持つどの要素が癒しなのかっていうのがわかってない。これがもしわかれば、水族館はもっと心に寄り添った展示ができると思うんですよね。例えば「水族館で明るい気分になりたい」というコーナーを作るとしたら、どういう魚を入れたらいいのかが体系化できれば、もっともっと魚に興味ない人にも伝わる水族館ができる。
未来:水族館に行く明確な理由がひとつ増えますね。
どうしても今の水族館って乖離があるんですよね。見に来てる人たちは別に魚オタクではないから、魚が好きで見に行く人ってほんの一握りだと思うんですよ。例えばデートや家族旅行など、なんとなくそこにあって雰囲気が良さそうだから、非日常感を得るために行くという人がほとんどだと思います。
でも見せる側のスタッフは魚の専門家なので「世界初! 〇〇の人工ふ化に成功!」や「この魚は世界でここだけ!」などを前に出していることが多いんです。でも、多くの人にとっては興味がないからスルーされてしまう。もっとお客さんの心に寄り添える展示ができると思いますし、それをするための方法論を研究で導き出していきたいです。
魚が好きになる「入口」を増やしたい
未来:心理学以外では、どんな方法で魚に興味がない人にアプローチしていますか?
僕がTwitterでマニアックな魚の映像を紹介するとき、初めて見る人が楽しめるように、違う言葉に言い換えています。反応を見ると「こんな魚がいるんですね。初めて見ました」というのが多くて、「これ知ってますよ」みたいなのはあまりないんです。だから僕のSNSのフォロワーさんって、大半はまだ魚好きじゃない人なんですよ。自分の目指すところっていうのは常にそういうマニアックではない人たちに魚の魅力を伝えるということですね。
■鈴木香里武さんのおすすめの投稿
全長1cmほどの小さな #カエルアンコウ 。岩に擬態して身を潜め、おでこの釣竿をフリフリして獲物を釣ることで有名な迫力のある魚ですが、稚魚はまだあどけない表情です🐸黄太郎と茶ノ助と名付けた2匹。普段は仲良しですが、エサをあげる時にはバトルになります。静かな戦いを、ゆるりと実況しました。 pic.twitter.com/QwWr1mzyji
— 鈴木香里武 – Karibu Suzuki – (@KaribuSuzuki) January 24, 2022
2022年、最初に漁港ですくった“初魚”は、長年憧れていた深海魚 #ヤエギス の幼魚でした。なんと幸先の良いこと!たてがみのような背びれ。扇子のような腹びれ。透け感。とにかく極美です。頭に浮かんだのは「優しげなリーゼント」という言葉。お顔立ちの柔らかさのためか、ツッパリには見えませんね☺️ pic.twitter.com/375oIM4AVC
— 鈴木香里武 – Karibu Suzuki – (@KaribuSuzuki) January 12, 2022
魚たちの生き様に惚れる理由
未来:鈴木香里武さんが、これほどまでに幼魚に惹かれる理由というのは、なぜでしょうか?
人間は多くの人にはちゃんと休める家があって、ベッドがあって、お食事があってという守られた中で生きています。そうすると、生きることを忘れがちだったりするじゃないですか。
それが自然の野生動物を見ていると、とにかく食うか食われるかの世界。なかでも海に棲む幼魚はまさに最たるもので、逃げる力もないし、戦う力もないので「見つかったら食べられて終わり」なわけですね。なので、いかに見つからないようにするか、たとえ見つかっても食べられないようにするなど、身を守る術を徹底的に考えて、そのために想像の斜め上をいく進化をしていく必要がありました。
その結果、10種類いたら10通りの生き方で、それに適した姿形があるのは、すごく多様性の世界だと思うんです。そういう多様な物語に触れたとき、僕自身がハッとさせられるんですね。こういう生き方もあるんだという、それこそ多様でいいんだなって気づかされたり、勇気づけられたりするんです。みんなに合わせる必要は全然ないし、個性のある生き方が海の中では自然なんです。本当に人間よりも先に行ってるところって多いと思います。
人間でも最近は男性が育児をするのが当たり前になってきましたが、タツノオトシゴはお父さんのおなかの袋の中で赤ちゃんを育てますし、ネンブツダイは口の中で卵がかえるまでお父さんが守ります。魚の世界ではオスの育児参加が浸透しているんです。また性転換が当たり前の世界なので、ジェンダーレスでもあります。人間がようやく最近気づき始めたことを、ずいぶん昔から魚たちがやっているんです。
彼らは生きるために体を透明にしたり、トゲトゲにしてみたり、何かに擬態してみたりと、一つ一つの生きざまが一生懸命なんです。その生き方にたどりつくまでの壮大な物語があることを知るとすごく勇気づけられます。
未来:香里武さんご自身もニッチなところを突き詰めていきながら、いろいろな方法を考えて多くの人に伝えようとしているところが、ある意味1人の人間としての「生き様」だと感じました。
これも多様な生き方の一つという感じで(笑)。今、僕が小さかった頃以上に多様な生き方が認められている時代だと思うんですね。自分でできることもたくさんあるし、何より自分のときにはなかった「発信」ができるようになってますよね。SNSのおかげで、すごく時代の流れは味方してくれていると思うので、好きなことを追求しやすいとは思います。
その一方で、自分の時代でよかったなって思う点もあって、当時はとにかく発信するすべがなかったんですよ。YouTubeも中学生くらいのときにはありましたが、まだ全然使っていなかったですし、高校のときに出たmixiもほとんど使っていなかったです。当時はTwitterもFacebookもなかった。すごく伝えたいことはあるし、魅力を感じている魚たちはいるけど、それを伝える術がまったくない状態だったんですね。
当然今みたいに本を書ける立場でもなかったし、テレビに出てたわけでもない。講演会もやってなかったので、自分の中で悶々とするしかなかったんですよ。その期間が長かったのが、今ではすごく役立っていて、ものすごく情報を熟成させていたんですよ。

岸壁採集で幼魚をつかまえていく濃い体験が、香里武さんの中で蓄積されて現在の活躍の源になっている
例えばテレビでお話する機会をいただいたり、本を書くなどのチャンスをもらったりしたことに対しての思いの強さは、めちゃくちゃあるんです。出したくても出せなかったものがたくさんあったからこそ、どの言葉で出していこうかと考えるときの想いや熱量がかなり込められるようになりました。
これがもしSNSが普通にある時代だったら、もっと軽く、思いついたことをパパッと出してたと思うんですよね。伝え方を工夫するようになれたのは、あの時代の簡単に伝えられなかった僕がいたからこそだと思います。