中学受験は子どもが挑戦するもの。そう分かっていても、中学受験をめぐる家庭の温度差はときに大きく、子どもの気持ちが見えにくくなることもあります。では、どうすれば子どもが「自分の受験」として主体的に取り組めるのでしょうか? 中学受験専門塾「スタジオキャンパス」を主宰し、30年にわたり子どもたちを見守ってきた矢野耕平さんに、子どもが主役でいられる環境のつくり方や、親としてのかかわり方のポイントを伺いました。
「中学受験はするべき?」という疑問に矢野さんが答えた第1回の記事はこちら
スタジオキャンパス 代表 矢野耕平さん プロフィール
1973年東京都生まれ。大学入学後から中学受験指導に携わり、今年で指導歴30年目。大手進学塾で13年間、校舎責任者や志望校別クラスの責任者を歴任した後、2007年に中学受験専門塾「スタジオキャンパス」を設立。東京の自由が丘と三田に2校舎を展開し、国語専門の「博耕房」の代表も務める。指導担当教科は主に国語と社会。現在は社会人の大学院生として博士後期課程に在籍し、言語学をベースに学齢児童の言語運用能力の研究に取り組んでいる。14冊の著書があり、『中学受験のリアル マンガでわかる 志望校への合格マップ』(KADOKAWA)などが話題を呼んでいる。2児の父でもある。
5年生からは「子どもに手渡す」意識を
未来:子どもが中学受験を「自分ごと」として捉えるには、どんな工夫が必要でしょうか?
矢野耕平さん(以下、敬称略):これは本当に難しいテーマです。親がいくら「こういう意味があるからがんばろうね」と説明しても、子どもは頭では理解できても、心の中ではピンときていないことが多い。つまり、理屈では動かないんですね。
だからこそ、親が少しずつ手を離し「これは自分のことなんだ」と子ども自身が実感できる環境を整えてあげることが大切です。たとえば、小4までは宿題やスケジュールの管理を親がサポートしてもいい。でも、小5くらいからは少しずつ自分でやらせてみる。管理の主体を、親から子どもへと移行していくんです。
未来:確かに、親が全部やっているうちは「自分のこと」とは思いにくいですよね。少しずつでも自分でやれた体験が、自信にもつながりそうです。
矢野:自分のこととして受験に向き合うには、小さな成功体験の積み重ねが大切です。まずは宿題を一人で管理できた、目標を自分で立てられた。そうした経験を通して、徐々に『これは自分の挑戦なんだ』という意識が芽生えていきます。

スタジオキャンパスでは、その一環として「家庭と受験勉強を切り離す」ことを意識しています。象徴的なのが、自習専用の第3号館。最大60名が利用でき、質問対応もできるスタッフが常駐しています。自習専用館単独ではもちろん経営的には赤字ですよ(笑)。でも、子どもたちが「ここは自分が勉強する場所」と思える空間を持つことは、本当に大切だと感じています。
未来:その場にいるだけで、子どもが刺激を受けそうですね。
矢野:そうです。上級生が真剣に勉強する姿を見ることで、自然と「自分もがんばろう」という気持ちが芽生えます。私はよく子どもたちに「『勉強しなさい』って言われることを、恥ずかしいと思えるようになろう」と話しています。自分から考えて、自分の意志で動けるようになること。受験に限らず、これからの人生にも必要な力です。
子どもは親の価値観を敏感に感じ取る
未来:なるほど。「勉強しなさい」と言われなくても、自分の意志で机に向かうようになる。それが受験に限らず、これからの人生を切り拓く力になるんですね。そう考えると、少しずつ自分で考えて行動できるようになる環境を整えることが、親にできる大きな支援なのかもしれません。
矢野:そうですね。小さなことでも「自分で決めて、自分でやってみる」経験が増えていくと、子どもの中で主体性が育っていきます。たとえば、翌日の塾の持ち物を自分で準備したり、「今日はどの宿題からやろうか」と自分なりに段取りを考えて取り組んだりすることも、立派な第一歩です。
未来:そうした子どもの成長を支えるうえで、保護者の関わり方もとても重要になりますね。
矢野:はい。子どもは、親の価値観や感情を非常に敏感に感じ取ります。たとえば保護者が「この学校はいいな」と心から思っていると、子どもにもその前向きな気持ちは自然と伝わっていくんです。
逆に、親が迷っていたり、他人と比べて焦っていたりすると、それも子どもにしっかり伝わってしまう。だからこそ、親自身が「わが子にこの学校で過ごしてほしい」と思えるような志望校の候補選びをしてほしいんです。
未来:「あの制服、かわいいね」や「この部活、やってみたいね」みたいな、親子の何気ない会話が、志望校選びの入口になることもありそうです。
矢野:そうですね。親子の会話のなかで、子どもが素直に興味を示したり、「ここ、なんかいいな」と感じたりする瞬間を、ていねいに拾ってあげてほしいですね。大人の理屈だけで学校を選ぶよりも、そうした感情を大切にしたほうが、結果的に納得感のある選択につながると思います。
納得するまで粘る子が、最後に伸びる
未来:塾では、子どものやる気を引き出すためにどんな工夫をしているのですか?
矢野: 先輩の合格体験談を聞く機会を設けたり、先生が声をかけたりすることもありますが、それ以上に大切にしているのは「納得するまで考えさせる」ことです。たとえば質問ひとつでも、「ここがわからないんです」と聞いて、「こうだよ」と教えたときに「あ、ありがとうございます」とすぐ納得する子は、正直あまり伸びません。

逆に「いや、まだわかんない」と粘ってくる子の方が、グンと伸びるんです。『なぜ?』を繰り返せる子こそ、本質を掘り下げていける。自学自習の場は、そうした思考を育てる土壌でもあるのです
親の「伴走」が逆効果になることも
未来:「親が伴走することが大切」と言われますが、具体的にはどのような関わり方がいいのでしょう?
矢野: 「伴走」という言葉自体、解釈が広すぎてあいまいですよね。子どもに寄り添いたいと思うほど、親の関与はつい深くなりがちです。でも、受験は親の挑戦ではありません。“何もしない勇気”も、ときには必要なのかもしれません
私は、わが子の勉強には一切関与しません。プロとして指導しているからこそ、自分の子には教えない。代わりに、栄養バランスのとれた食事を用意したり、疲れているときに少し休ませたり、塾に送り出したりと、生活面でのサポートに徹しています。

お弁当を作ったり、送迎をするだけでも立派な親のサポートといえます
未来:教えるプロである矢野先生がおっしゃると説得力がありますね(笑)。
矢野:私や妻はいろんな人に「お父さんに教えてもらえるからいいねえ」という話を聞きますが、本当に教えていません(笑)。親が「こんなにお金をかけてるのに!」などと感情的になると、子どもは「これは親のための受験だ」と感じてしまう。SNSで成績を自慢するような行動も、「トロフィーチャイルド化(※)」の一種です。それは無意識のうちに子どもにプレッシャーを与えてしまい、精神的な負担になります。
※:「トロフィーチャイルド」とは、親が自分や家庭の成功を示す“飾り”のように、子どもに高い学歴やスポーツでの成績、社会的に評価の高い仕事に就くことを強く期待する子どものことをいいます。
受験直前期こそ「情報を遮断」する勇気を
未来:受験が近づいてくると、保護者同士の情報交換も活発になりますよね。
矢野: はい。でも私は「三つの『ない』」をすすめています。「自分の成績や志望校を言わ『ない』」「他人の成績や志望校を聞か『ない』」「どんなに仲が良くても群れ『ない』」。これはもともと子どもたちに向けたルールだったのですが、最近は保護者にも必要だと感じています。LINEグループでの過剰な情報共有、不安の連鎖、嫉妬……。そうした感情が子どもに悪影響を及ぼすこともあるからです。
「中学受験は通過点」と親が本気で思えるか
未来:もしも子どもが「受験をやめたい」と言ったら、どう対応すればよいでしょうか?
矢野: いつでもやめていいと思いますよ。中学受験はゴールではなく、あくまで通過点。その通過点をどのように活用するかが大切であって、合格そのものに絶対的な価値があるわけではありません。
だから親が「この子の価値は偏差値では決まらない」と本気で信じられることが大切です。算数や国語の成績は、その子の一部でしかありません。人間としての価値とは、まったく別の話です。

私はよく「子どもには、親の背中を見ながらも、やがてはその背中を追い越していってほしい」と話します。自分の考えで進路を選び、自分の力で未来を切り拓いていく。そんな姿を応援するのが、親の役割だと思っています。それこそが、中学受験の本当の意味でもあるのではないでしょうか。
親子の希望がすれ違ったときは?
未来:保護者の希望と、子ども自身の希望がぶつかることもあると思います。そんなときは、どう向き合えばいいのでしょうか?
矢野: 意外に思われるかもしれませんが、実際は親子で志望校の方向性が食い違うケースはあまり多くありません。多くのご家庭では、自然と同じ方向を向いています。
ただし、受験直前になって「やっぱりやめたい」と言い出したり、進学先の希望が分かれることはあります。このとき大切なのは、「自分で選んだ」と本人が納得すること。その納得感が、受験という経験を自分の人生の自信へとつなげてくれたのだと思います。
未来: 子どもの進路は、親として気になるテーマですが、どこに通うか以上に「誰が選んだか」が大切なのですね。
取材を振り返って
矢野さんのお話を通じて、中学受験を「子どもが主役の挑戦」として支えるために、親にできることが見えてきました。必要以上に介入せず、過度な期待を押し付けず、それでいて「いつでも見守っているよ」という安心感を伝える。そんな姿勢が、子どもの力を引き出していくのだと実感しました。「中学受験は通過点」「たかが中学受験」という矢野さんの言葉は、プレッシャーを感じやすい親にとって、大きな救いになるはずです。偏差値や合否に一喜一憂するのではなく、子どもが納得し、前を向いて進んでいける環境を整えること。それこそが、親にできる最大の応援かもしれません。「未来へいこーよ」でも、子どもの意思を尊重することを大切にしています。たとえ保護者の思い描く進路と違っても、子ども自身が「自分で選んだ」と思える学校で過ごす6年間には、かけがえのない価値があります。改めて、子どもの意志に寄り添うことの意味を深く考えさせられる取材でした((KAZ)。
矢野耕平さんの“リアル”が詰まった中学受験の入門書

「中学受験のリアル マンガでわかる 志望校への合格マップ」著者:矢野 耕平 漫画:ぴよととなつき 出版:KADOKAWA 定価: 1,650円 (本体1,500円+税)
矢野耕平さんの最新著書『マンガでわかる 志望校への合格マップ 中学受験のリアル』(KADOKAWA)は、中学受験に向き合う親子の悩みに寄り添いながら、合格までのリアルなプロセスをマンガと解説で丁寧に描いた一冊です。塾の選び方や志望校の決め方、受験直前期の過ごし方まで、実際の事例に基づいたアドバイスが詰まっており、「何から始めればいいの?」という不安に応えてくれます。矢野さんの実体験をもとにした温かい視点と、冷静な戦略が両立した一冊は、これから受験を考える家庭にとって心強い味方となるはずです。
スタジオキャンパス 代表 矢野耕平さん プロフィール
1973年東京都生まれ。大学入学後から中学受験指導に携わり、今年で指導歴30年目。大手進学塾で13年間、校舎責任者や志望校別クラスの責任者を歴任した後、2007年に中学受験専門塾「スタジオキャンパス」を設立。東京の自由が丘と三田に2校舎を展開し、国語専門の「博耕房」の代表も務める。指導担当教科は主に国語と社会。現在は社会人の大学院生として博士後期課程に在籍し、言語学をベースに学齢児童の言語運用能力の研究に取り組んでいる。14冊の著書があり、『中学受験のリアル マンガでわかる 志望校への合格マップ』(KADOKAWA)などが話題を呼んでいる。2児の父でもある。
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