コロナ禍で、子どもたちの学校生活は大きく変わりました。休校、分散登校、黙食、マスク。感染対策として必要だった一方で、「子どもたちは何を感じ、何を我慢していたのか」を振り返る機会は、意外と少なかったのかもしれません。今回お話を伺ったのは、現役の小学校教師で、「未来へいこーよ」でも悩み相談やスマホとの付き合い方などを発信してきた松下先生。このたび絵本『がっこうとコロナ』を出版されました。なぜ今、この絵本を出そうと思ったのか。制作の背景や、教師としての葛藤について、インタビューでじっくり伺いました。
お話をしてくれたのは…
松下 隼司(まつした じゅんじ)先生
〈監修者プロフィール〉
1978年愛媛県松山市生まれ、大阪府の公立小学校教諭として現在も勤務。アンガーマネジメントの資格を持ち、2018年には全日本ダンス教育指導者指導技術コンクールで文部科学大臣賞を受賞するなど、多彩な才能を発揮。音声配信プラットフォーム「Voicy」パーソナリティとしても活躍中。著書に『ぼく、わたしのトリセツ』や『せんせいって』など。
絵本「がっこうとコロナ」とは?
「がっこうとコロナ」は、コロナ前の学校生活と、コロナ禍の学校生活を見開きで対比しながら描いた絵本です。腕相撲や給食、登校風景、子どもたちの輪。大きな説明はなく、絵を見比べることで、「同じようで違う」「違うようで変わらない」子どもたちの姿が浮かび上がります。

松下先生は、コロナ禍に6年生を担任していました。触れ合うことが制限される中でも、子どもたちは工夫しながら関係を築いていたといいます。一方で、その経験をどう言葉にすればいいのか、長く悩んできました。
なお、本書の出版にあたって、松下先生は印税などの収入は一切受け取っていません。現役教員という立場から、誤解が生まれないよう、その点も含めて判断されたそうです。「何が正解だったのか」を断定するのではなく、読んだ人それぞれが自分の経験を重ねて考えられる一冊です。
なぜ今、コロナ禍の学校生活を絵本にしたのか
未来:まず、絵本を出そうと思ったきっかけから教えてください。
松下:コロナのときに、6年生を担任していたんです。4月はまるまる1か月休校で、5月もほとんど休校でした。ようやく子どもたちがそろったとき、講堂じゃなくて運動場に集まったんですよね。そのとき、いちばん最初に子どもから出た言葉が「先生、修学旅行は行けるんですか?」だったんです。
未来:学校が再開した6月ごろに、真っ先にその質問が出たということは、子どもたちがすごく気にしていたんでしょうね。
松下:そうなんです。それぐらい、子どもたちの中に不安が溜まっていたんやと思います。そこからの一年間は、いつもとはまったく違う一年になりました。卒業文集を書く時期に作文を書くことになって、一年を振り返ってみたときに、ある出来事を思い出したんです。触れ合うことも、近づくこともあかんと言われていた時期に、クラスで「腕相撲大会」をしたことでした。「ビニール袋を手につけて腕相撲をしたら、直接触れていることにはならないよね」ということで、これならできるんじゃないかと思ったんです。

以前は高学年になると男女で一緒に何かをやるときに少し恥ずかしさが出ていました。でもコロナ禍では、触ったらあかん、向かい合ってしゃべったらあかん、という生活をずっとしていたからこそ、ビニール袋をつけて腕相撲をしたときは、「やった!」という感じがより強くなって男女で対戦しても盛り上がったんだと思います。
そこから、腕相撲だけじゃなくて、指相撲をしたり、握手をしたり。制限があったからこそ、男女関係なく関われたし、触れ合うことの喜びを感じられたんやな、ということを卒業文集の下書きに書いたんです。でも、その作文は卒業文集には載せませんでした。
未来:なぜ、載せなかったのですか?
松下:卒業文集は、学級・学年の多くの子どもたち・親御さんも読むからです。「コロナ禍でもクラスでこんな楽しいことがあったよね」という学級担任としての文章は、適切ではないと思ったからです。それで、制限は多かったけれど、その中で工夫して子どもたちは成長していた、たくましかった、ということを伝えたいなと思ったんです。ただ、それをどう表現するかは、正直すごく難しかったです。
未来:なるほど、そこから絵本にしたいという思いにつながっていたんですね。
松下:そうですね。担任をしていた6年生が卒業してから、ずっと絵本にしたいという思いはありました。でも「コロナ」というテーマがあって、出版社の方に相談したときも「ビニール袋をつけたらそれでいいんですか?」や「コロナを甘く見ているんじゃないか?」と言われることも多くて、なかなか実現しなかったんです。働きかけはずっとしていたんですけどね。
未来:そんななか今回、出版につながったきっかけは?
松下:今回ご一緒した出版社さんと、絵を描いてくださったオクダサトシさんの存在が大きいです。彼は、私が教師になるよりずっと前から大ファンだった「コンドルズ」というダンス集団のメンバーなんです。学ランで踊る男性だけのコンテンポラリーダンスグループとして有名で、若い方も60代の方もいる、すごくユニークな集団です。コロナで当たり前にできていたことができなくなったのは、子どもだけじゃなくて、教員も、ダンサーも、歌手も同じ。そういう立場の人なら、この感覚をわかってもらえるんじゃないかなと思ってお願いしました。
制限の中で、それでも子どもたちはつながっていた
未来:絵本では、コロナ前とコロナ対策の時期が見開きのページで対比になるように描かれていますよね。コロナ禍の中で学校として感染対策をしながら、授業をするために試行錯誤していたことが伝わってくる内容です。今思い返すと当時の学校はどんな印象でしたか?
松下:正直、あの頃はお互いを監視しているみたいな状態やったな、と思います。話し合いも、顔を向かい合わせて目と目を見て、という感じじゃなくて、横を向いて話したり。「フェイスシールドしてますか?」「マスクしてますか?」「手洗いしてますか?」って、常に確認していて。窓も換気を気にして、子どもたちが「寒い」と言っても開けて。子どもたちのためとはいえ、例年以上に人に優しくなれてなかったな、って今は思います。

未来:防ぐためには必要なことだったとはいえ、先生側の葛藤も大きかったと思います。
松下:そうですね。感染を防ぐためには仕方なかった部分もあるんですけど、どうしても厳しくせざるを得なかった。そのしんどさはありました。
未来:絵本では、コロナ前とコロナ対策時を見開きで対比する構成になっているのが特徴ですね。
松下:最初は、物語風にしようと思ってたんです。でも途中で、「人のストーリーとして描く必要って、ほんまにあるんかな?」って思うようになって。そこで立ち止まったんです。コロナ禍の体験って、全国の子どもも、親御さんも、学校も、先生も、みんな一人ひとり違うんですよね。だから一つのストーリーにするよりも、2ページ完結で絵を中心にして、言葉をできるだけ削ったほうがいいんじゃないかと思いました。右と左で「どこが違うかな?」って、間違い探しみたいに見比べてもらえる構成にしたら、それぞれが自分の経験を思い返せるかな、と。
たとえば給食も、コロナ対策で全員前を向いて食べるようになりましたよね。でも、コロナが明けても、そのまま続けている学校もあるんです。「おしゃべりが少ないし、早く食べてくれるから」という理由なんですけど、それも一つの変化やなと思って。

未来: 現実でも元通りになっていないところがあるからこそ、絵本を見ながら考えたり、話したりするきっかけになりそうです。
松下: そうですね。「こう読みなさい」という正解は、あまり用意していないんです。右のページと左のページを見比べて、「ここ一緒やね」「ここは違うね」とか、間違い探しみたいに見てもらえたらいいなと思っています。机の並びとか、距離感とか、パッと見は同じでも、よく見ると違っていたりするので。

未来: 親子で一緒に見る場面も想像できます。
松下: はい。親御さんが「このとき、どうやった?」って聞いてあげたり、子どもが「うちはこうやった」と話したり。コロナ禍の経験って、本当に人それぞれ違うので、同じ絵を見ても感じることは違うと思うんです。だから、答えをそろえなくていいし、「こう感じたんやね」って受け止め合える時間になったらいいなと思っています。
未来:コロナをきっかけに、オンラインやICTも一気に進みましたよね。
松下:はい。今は暑い時期はオンラインで行事をやろう、という流れも出てきています。そういう「元に戻らなかったこと」も、この絵本の背景にはあります。
未来: 子どもたちが輪になっている場面も印象的でした。同じ「輪」でも、「コロナまえのわ」では子どもたちの笑顔が見えていて、「コロナたいさくのわ」ではマスクで表情が見えない。そこがすごく対照的だなと感じました。

松下:ああ、そういう見方もできるんですね。このページは制限があっても、子どもたちはやっぱり触れ合いたいんや、というのは伝えたかったから入れています。また、これは視点の違いなんですけど、コロナ対策の場面は上を見上げる構図になっています。あれは、未来が見えない、先がわからない状況を表しているんやと思います。一方で、コロナ前の場面は下から見上げる視点。過去のことやから、という解釈もできます。絵を描いてくださったオクダサトシさんには最初に「こういう場面です」という大まかな共有をしただけで、表情や細かい見え方まではお任せしていた部分なんです。だからこそ、完成した絵を見たときに、「ああ、ほんまにそうやったな」と気づかされました。
未来:読む人によって受け取り方が変わるようにできていますよね。
松下:そうなんです。正解が一つじゃないのがいいな、と思っています。
未来:最後、手をつないで終わる構図も印象的でした。
松下:あれは、乗り越えてきた、という意味もあるし、またつながれた、という意味もあると思っています。それまでは手をつなげなかった。でも最後はつないで終わる。それは大事にしたかったですね。
お話を伺って
取材を通して強く感じたのは、松下先生が「コロナ禍の学校生活」を美化も断罪もしていない、ということでした。あのときは必要だったけれど、本当に最善だったのか。子どもたちにどんな影響が残ったのか。その問いに、急いで答えを出そうとはしていません。印象的だったのは、「監視しているみたいだった」という言葉です。守るための行動が、人に厳しくなってしまったかもしれない。その振り返りは、教育現場に限らず、多くの人に通じる感覚だと感じました。『がっこうとコロナ』は教訓を押しつける絵本ではなく、「あのとき、どう感じていた?」とそっと問いかけてくる一冊です。コロナ禍は過去の出来事になりつつありますが、影響は今も続いています。だからこそ、立ち止まって振り返る時間は無駄ではなく、この絵本とインタビューが、親子で、そして大人自身が考えるきっかけになればと思います(KAZ)
「がっこうとコロナ」

価格1,650円(税込)
作:松下隼司 絵:オクダサトシ
発行:教育報道出版社
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