小児IC運賃を全線一律50円にした小田急電鉄。その思い切った施策の背景には、「沿線での親子のおでかけをもっと気軽に」という願いがあります。 さらに、グループ会社や自治体、企業などが連携する親子イベント「おだきゅう Family Fun フェスタ」、親子向け情報サイト「FunFanおだきゅう」、子育て応援マスコットキャラクター「もころん」など、その取り組みは点から面へと拡大中。これら一連の施策にはどんな狙いがあるのか、小田急電鉄のみなさんにお話を伺いました。
【インタビュー】子育て応援ポリシーの誕生と広がる取り組み
小田急電鉄が掲げる「子育て応援ポリシー」は、じつはトップダウンではなく、社員たちが集まって議論を重ねてボトムアップで作り上げたものだといいます。「鉄道会社がなぜここまで?」と思えるほどの熱量は、どこから来ているのでしょうか。さまざまな立場で「子育て応援」に関わってきた3名の社員の方々に、これまでの経緯や、取り組みに込めた願いを伺いました。
<インタビュー参加者プロフィール>
吉川 卓杜さん(小田急電鉄 広報部 課長代理)鉄道系部署でダイヤや運賃を担当し、小児IC運賃50円の検討・導入にも関わってきた。現在は広報部で、小田急の子育て応援ナビ「FunFanおだきゅう」やSNS、「もころん」の活用など、子育て応援ポリシーに関するプロモーションなどを主に担当している。
岡田 澄々香さん(小田急電鉄 広報部)広告宣伝チームとして、「FunFanおだきゅう」の運営や、沿線自治体・グループ会社と連携した親子向け情報発信を担当。自治体の担当者や駅係員とやり取りをしながら、地域の小さなイベントから大きなファミリーイベントまで、さまざまな情報を集めて親子に届く形に編集している。
佐藤 美緒さん(小田急電鉄 広報部)報道担当として、メディアからの取材対応や情報発信を行う。現場の声を拾いながら、子育て応援ポリシーや親子体験イベント、「子ども接客サービスポリシー」など各部署の取り組みを社外にわかりやすく伝えている。
小田急が「子育て」に向き合うまでの道のり
未来:まずは、小田急電鉄として子育て応援ポリシーをつくった背景から教えてください。個人的には「社員のみなさんがボトムアップで作った」という点が、すごく素敵だなと感じています。
吉川さん:背景からお話しすると、まず2018年に当社の大きな事業である複々線化が完了し、大きな目標であった輸送力の増強を達成しました。しかし、目前には少子高齢化の未来も迫っているわけで、同時に「小田急グループとして、沿線全体でどう成長していくか」という議論を重ねていきました。沿線の活気や価値を考えるときに、子育て世帯の方々が暮らしやすい地域、使いやすい鉄道を用意できるかどうかが、とても重要なテーマになりました。
未来:その議論のなかで、小児IC運賃50円というアイデアが出てきたのでしょうか?

小田急電鉄公式サイトより引用
吉川さん:そうですね。小児IC運賃50円は、鉄道部門での検討が先行しました。もちろん、すぐに決めたわけではなく、実施した場合のシミュレーションも含めて、かなり前から検討しています。
ただ、子どもの運賃が鉄道収入全体に占める割合は、じつはそれほど大きくありません。それよりも、子どもと一緒にお出かけしやすくなることで、親御さんや祖父母の方々の利用も増える。おでかけが増えれば、沿線での消費も増え、長期的には沿線の愛着形成や定住にもつながる。そういったストーリーを描いたうえで、取り組む意義があると判断しました。

小田急電鉄では、通勤車両の3号車を「子育て応援車」として毎日運行中。また、特急ロマンスカーでも、おむつ替えができる広々としたトイレに近い3号車を「ロマンスカーの子育て応援車」として設け、親子での快適な移動をサポートしている。小田急電鉄公式サイトより引用
未来:短期的な数字だけでなく、長い時間軸で沿線の価値を考えられているということですね。
吉川さん:愛着や地域への思いは、1〜2年で数値としてはっきり出るものではありません。そこは長期的に見ながら、一方で「おでかけが増えたか」「沿線の魅力を知るきっかけになったか」といった行動の変化を、アンケートなどで丁寧に見ていくようにしています。
多様な社員が語り合って見えてきた「子育て」の輪
未来:子育て応援ポリシーは、社員のみなさんが集まって議論を重ねて作られたと伺いました。このプロセスについて教えてください。
吉川さん:外部の専門家や広告会社に任せるという方法もありましたが、「会社としての姿勢を示す言葉は、自分たちの手で作りたい」という思いがあり、社内公募でメンバーを募りました。駅係員や乗務員、本社の経営戦略・広報・エリア開発部門など、子育て中かどうかも関係なく、約30人が参加しました。
最初は「子育てって何だろう」「子どもの幸せってどういう状態だろう」といったところから話し始めました。親が育てるという意味だけでなく、困っている親子を助けることや、親戚の子どもと遊ぶことも子育てだよね、といった意見も出てきました。話せば話すほど、「子育て」の範囲がとても広いということに、みんながあらためて気づかされました。お母さんやお父さんだけでなく、周囲の人たちで子どもを支えることも子育てなんだと感じました。
話し合いで出てきたキーワードを整理して、一つの文章にまとめたものが、ポリシー文の下のほうに書かれている「あなたが『こどもの幸せ』を願い、『こどもを笑顔にしたい』と想う時、小田急は共に考え、共に行動するパートナーでありたいと考えます」という内容です。当社が考える子育ての範囲や、関わる人たちのイメージが、そのままそこに込められています。
未来:子育て中の方だけでなく、さまざまな立場の社員の方が参加されているところもいいですね。
佐藤さん:子育て中かどうかは条件にしていませんでした。独身の方や、介護を経験している方も参加しています。「自分の勉強のために参加したい」「これから子どもを持つかもしれないから考えたい」という方も多くて、さまざまな視点から子育てを捉え直す場になりました。
企業・自治体と共創する、小田急の子育て施策
未来:ポリシーができたことで、グループ会社や沿線の商業施設・店舗との連携にも変化はありましたか。
佐藤さん:「子育て応援」という軸がはっきりしたことで、グループ会社から「うちの取り組みも一緒に発信したい」という声をいただくことが増えました。駅そばを運営する小田急レストランシステムが子ども向けメニューを開発したり、小田急不動産が行う「マチカド子ども大学」の取り組みを子育て応援ポリシーと結びつけて紹介したりと、広がりが出てきています。
吉川さん:小児IC運賃50円についても、神奈中バスや小田急バスなどグループのバス事業者が続いてくれました。鉄道だけでなく、バスも含めて「ICカードで50円で移動できる」というのは、グループとしての強みだと感じています。

夏休み期間中、大山ケーブルカーの小児運賃が片道50円になるキャンペーンを実施。小田急線や神奈中バスの小児IC運賃も1乗車50円なので、どの駅からでも子どもは片道150円で阿夫利神社駅まで行くことができました。 「FunFanおだきゅう」より引用
未来:沿線自治体との連携についても教えてください。
岡田さん:象徴的なのが、2022年から毎年開催している「おだきゅう Family Fun フェスタ」です。今年も海老名中央公園に、沿線の自治体や企業、バス会社、他の鉄道会社まで集まって、子育て応援をテーマにブースを出してくださいました。
普段は自治体ごとに活動している方々が、「小田急沿線」という一つの枠で同じ会場に集まり、親子に向けて情報発信をする。鉄道会社だからこそできる「沿線でつなぐ役割」だと感じています。
吉川さん:各自治体が持っている子育て支援や地域の魅力を、一度に知ってもらえる場にもなっています。その場で資料を手に取って、次のおでかけの行き先にしていただく。イベントをきっかけに、沿線内を行き来してもらえるといいなと思っています。
子どもの好奇心を引き出すリアル体験
未来:親子体験イベントについても伺いたいです。ロマンスカーの運転席に座ったり、バックヤードを見学したり、「本物」にふれられる内容が多いですよね。

小田急電鉄公式サイトより引用
吉川さん:そこは意識している部分です。秦野駅のバックヤードやデータ分析の様子を見てもらう企画、非常ボタンの仕組みを学ぶ体験など、普段は入れない場所や触れない設備にあえて触れてもらうようにしています。「こうなっているんだ」と実物を目にすることが、子どもたちの好奇心を刺激しますし、「駅員さんになりたい」「安全を守る仕事がしたい」といった将来のイメージにもつながる可能性があると思っています。

「おだきゅう Family Fun フェスタ 2025」では小田急電鉄の社員が子ども向けの職業体験コーナーを出展していた。駅員体験、整備体験、線路メンテナンスや、踏切遮断機の中身を見せる展示など、さまざまな体験を普段の制服や作業服で実施する「本物の体験(リアリティ)」に、参加した子どもも楽しそう
岡田さん:先日開催した海老名のイベントでは、AOiスクールの子どもたちが自分たちでプラレールのレイアウトを考えて、会場で展示する企画もありました。事前に準備して、当日は来場者に楽しんでもらえるように一生懸命メンテナンスをしたり、車両を走らせたり、説明したりしていました。遊びながら、社会とのつながり方を体験しているような場面が印象に残っています。

「おだきゅう Family Fun フェスタ 2025」でのAOiスクールブース
未来:イベントは一日限りでも、その準備や人との関わりを含めて大きな学びになっているんですね。
小児IC50円が生んだ行動の変化
未来:小児IC運賃50円や親子体験イベントを続けるなかで、沿線の方々からはどんな声が届いていますか?
吉川さん:小児IC運賃については、「おでかけの回数が増えた」「旅行先の候補に選びやすくなった」「沿線の魅力を知るきっかけになった」といった声をアンケートでいただいています。定量的にも、小児ICの利用が増えているデータが出ていて、狙いどおり「最初の一歩」を後押しできていると感じています。
岡田さん:社内調査ですが「子育て世代向けのサービスが充実している企業だと思うか」という項目での評価が、ポリシー策定前と比べて上がっています。自分が働いている会社が、子育てに優しい取り組みをしていると実感できることは、社員の誇りやモチベーションにもつながっていると思います。
未来:一方で、「子育て層だけが優遇されている」と感じてしまう人もゼロではないのでは、という難しさもあると思います。この点はいかがでしょうか。
吉川さん:そこは私たちも意識しているところです。子育ての課題を、子育てしている人だけの問題にしないこと。高齢の方や障害のある方も含めて、誰にとっても安心して利用できる鉄道・沿線であることが大前提です。ただ、じつは私たちは長年、バリアフリー施策にかなり力を入れて取り組んできました。
バリアフリーの取り組みが子育て世代へのサービス拡充につながっている事例として、相模大野駅の「子ども用トイレ」があります。現在小田急線には5駅に子ども用トイレ(ファミリートイレ)がございますが、2012年度に設置された相模大野駅の子ども用トイレは、コンコース内におむつ替えやお子さまの排泄を行える、オープンで使いやすいトイレを設置するという、当時の鉄道業界ではほかにはない新たな取り組みでした。
未来:2025年(取材当時)の今、お話を伺ってもコンコース内に子ども用トイレがあるのは目新しいと感じます。これを2012年に実施したのは画期的ですね。
吉川さん:じつは当時、多機能トイレ(いわゆる多目的トイレ)が混雑し「本当に必要な方が利用しにくい」という課題を解決するため、機能を分散するという、バリアフリーの発想からトイレのリニューアル時に取り組まれたものでした。「利便性と清潔さを両立し、誰もが快適に使える駅トイレへの刷新」を目指したものでしたが、整備後の利用者アンケートでは、とくに幼児用の小さな便器や手洗い場が設置されている点について、「非常に使いやすい」「助かる」といった高い評価をいただくことができました。

この事例が、このほかの4駅に子ども用トイレを設置する取り組みにもつながっています。バリアフリーを進めていく過程で、結果的に子育て世代が使いやすくなっているという面は大きいですね。
未来:すでにバリアフリーの基盤がしっかり整えられていて、そのうえで子育て支援に目を向けている段階だということですね。
吉川さん:はい。これまで少し光が当たりづらかった子育て世代にも、きちんと目を向けていこうとしているのが今のフェーズです。「誰かのために」が「誰かだけのために」にならないよう、表現の仕方には気をつけています。結果として、子育て世帯の方だけでなく、沿線のいろいろな世代の方から「いい取り組みですね」というお手紙をいただくことも多くて、そこはうれしいですね。
もころんがつなぐ、親子と沿線の距離
未来:親子向け情報サイト「FunFanおだきゅう」についても伺いたいです。沿線の子育て情報がとても丁寧にまとまっていて、取材前からよく拝見していました。

「FunFanおだきゅう」公式サイトより引用
岡田さん:ありがとうございます。「FunFanおだきゅう」では、小田急グループの情報だけでなく、沿線自治体が主催するイベントや、地域のお話会なども掲載しています。自治体の担当者さんや駅係員から、「こんなイベントがあります」と直接情報をいただくことも多いです。
担当は私を含めて少人数ですが、駅やグループ会社の担当者が“情報員”のように下書きを送ってきてくれることもあって、社内外のネットワークに支えられているサイトだなと感じます。
未来:そして、その中心にいるのが子育て応援マスコットキャラクターの「もころん」ですね。

「もころんの部屋」より引用
吉川さん:はい。もころんは、子育て応援マスコットキャラクターとして位置づけています。鉄道の制服を着たキャラクターではなく、「お出かけが大好きなうさぎ」という設定にしていて、どこかの組織に所属しているわけでもありません。
電車が好きな子もそうでない子も、お父さん・お母さん・おじいちゃん・おばあちゃんも、誰とでも友だちになれる存在として、沿線のいろいろな場所に遊びに行きます。
佐藤さん:イベントでは、三世代でそれぞれもころんグッズを身につけているご家族を見ることもあります。おばあちゃんの手編みの帽子を人形やぬいぐるみにつけていたり、お母さん手作りのカチューシャを身に着けているお子さまがいたり。世代を超えて愛していただいているのを感じます。
岡田さん:もころんのラッピング電車「もころん号」に乗り合わせると、「ラッキー」と喜んで写真を撮って「FunFanおだきゅう」のInstagramに送ってくださる方も多いです。私自身も通勤中に乗るとちょっとうれしくなります。

「もころん号」 「もころんの部屋」より引用
吉川さん:もころんが前面にいることで、「一緒に子どもが喜ぶイベントをやりませんか?」と他社さんから声をかけていただくことも増えました。企業名だけで動くよりも、キャラクターがハブになることで、自然なかたちで子育て応援の輪が広がっていると感じています。

「おだきゅう Family Fun フェスタ 2025」でのキャラクターステージ。多数の沿線キャラが集合して盛り上がりを見せた
親子のおでかけが“未来の思い出”になる沿線へ
未来:最後に、今後の展望について教えてください。
吉川さん:大きな方向性としては、これまでと同じく「沿線のまち全体で子育てを支える」という考え方を深めていきたいです。自治体や企業、地域の方々と一緒に取り組みをつくりながら、当社としては事業性とのバランスを取りつつ、無理なく長く続けられる仕組みを整えていきたいと考えています。子どもたちが大人になって、自分の子どもと一緒に沿線を歩くときに、「ここでこんな体験をしたんだよ」と話せるような場面を増やせたらうれしいですね。
岡田さん:「FunFanおだきゅう」も、まだまだ育てていきたいメディアです。当社主催のイベントだけでなく、沿線にお住まいの親子が「行ってみたい!」と思えるイベントを、できる限り紹介していきたいです。沿線で子育てをしている方が、「今週末どこに行こうかな」と思ったときに、最初に開いてもらえる場所になれたらと思っています。
佐藤さん:最近は、子育て関連のメディアさんからお声がけいただく機会も増えてきました。こうして情報をお伝えすることで、小田急の沿線に関心を持ってくださる方や、「一緒に何かやりたい」と言ってくださる方が増えていけば、とてもうれしいです。
取材を終えて
今回のインタビューを通して感じたのは、小田急の「子育て応援」が、けっして特別な一つの施策ではなく、日々の接客や小さなイベント、駅員さんの一言といった、たくさんの「日常の積み重ね」でできているということでした。子どもの頃に乗った電車や、参加したイベントの記憶って、自分が子育てをするようになると、よく思い出したりするんですよね。小田急沿線で育った子どもたちが、いつか自分の子どもと一緒に同じ沿線を歩きながら、子ども時代の思い出を話していく…そんな未来を思い描いた種まきを小田急グループが今取り組まれているのだなあと、感心しました(KAZ)。
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