学校に行けなくなると、子どもは孤立感に悩んだり、将来への不安を抱いたり、自己肯定感を失いがちです。不登校は多くの保護者にとっても大きな心配事になります。そんなときに「不登校の時間を新しい自分を見つけることができる、大切な時間に変えられるかもしれない」と提案しているのが、AOiスクールです。小田急電鉄が運営する同スクールは、鉄道会社ならではの特色を活かし、子どもが安心して「好き」に没頭できる環境を整えています。今回「未来へいこーよ」編集部は、実際の活動の様子と運営を担う別所さんの思いを取材しました。
AOiスクールとは?
小田急電鉄が運営する「AOiスクール」は、不登校や学校に行きづらさを感じる子どもたちに向けたオルタナティブスクールです。理念は「I’m OK, You’re OK」。自分と相手、お互いの「好き」を認め合える居場所であることです。
その理念は日常の中に息づいています。たとえば、プラレールを走らせたい子と駅を再現したい子が出会ったとき、「どうしたら両方楽しめるか」を一緒に相談し、自然に解決していく。そんな小さな対話が積み重なり、子どもたちは「自分のやりたいことを大事にしていい」「相手のやりたいことも尊重していい」と学んでいきます。

スクールに入ると、壁一面に貼られた小田急電鉄のロマンスカーのポスターがお出迎え。電車好きの子どもたちの心をつかんでいます。
鉄道会社ならではの特色を活かし、現役運転士のスタッフと鉄道シミュレーターを一緒に楽しむことができたり、鉄道の仕事を題材に学んだりと、学びと遊びが自然に結びつく環境が魅力。子どもたちが自分のペースで関われるよう、体験前の事前面談では、保護者と話し合い、「好き」なことや性格に合った枠(曜日・時間帯)を提案するなどの工夫もあります。学校でも家庭でもない「第三の居場所」として、新しい可能性を広げています。
プラレールから始まる協力と対話 「好き」でつながる子どもたち
取材したこの日は、広いスペースにプラレールを広げ、子どもたちが協力して小田急線ではない首都圏の私鉄のある駅を再現していました。「実際の鉄道会社にもある、運行しているすべての電車が時刻通りか、異常がないかを監視する『司令所』をみんなで作り上げて遊んでいるんですよ」と、AOiスクールを運営する別所さん。電車好きの子どもたちが力を合わせてレールをつなぎ、実際に走らせている姿は、まるで小さな鉄道会社のようでした。

遊びの中では、AOiスクールに寄贈された小田急の腕章や運転士の手袋をつけて楽しむ子も。本物を使うことで、なりきり度も高まっているようでした。

別の一角では、現役運転士が横に座り、パソコンのシミュレーターで運転を体験する子にアドバイス。貴重な機会に子どもたちは真剣な表情を見せていました。

AOiスクールには鉄道関連の本だけでなく、ボードゲームや一般書籍、PCで遊べるオンラインゲームも並び、それぞれが自由にやりたいことを選べます。ときにはやりたいことが重なることもありますが、その場で相談して決めていくのがルール。まるで公園に集まった子どもたちが「何して遊ぶ?」と声を掛け合うような、懐かしくも温かな光景が広がっています。

本棚には、元運転士である別所さんが車掌時代に使用したテキストも読めます。「現在使われているものより古いものですが『実際に車掌になったら、こういうことを学ぶんだよ』というのが伝えられると思って置いています(別所さん)」そのほか、社内で保管されていた社史などの資料も「子どもたちに聞かれたときに答えられるように」と置かれています。
好きなことを通じて自然に関わり合いが生まれるからこそ、人との交流が苦手だった子も少しずつ輪に入れるようになるそうです。AOiスクールでは、ほかの子どもも不登校の経験があるため、「どうして来られなかったの?」といった理由を問われることはありません。その代わりに「どの電車を走らせる?」「駅をどう作る?」といった遊びに集中する空気が流れています。そうした安心感の中で関わりが生まれ、学校では難しかったコミュニケーションが「好き」でつながり、やがて自信へとつながっていくのです。
不登校を「よかった時間」に【別所さんが語るAOiスクールの思い】
未来: AOiスクールは小田急電鉄の社内事業アイデア公募制度から始まったと伺いました。立ち上げの経緯を教えてください。
別所: はい。最初にアイデアをまとめ始めたのは2021年頃でした。実は3期の公募に応募したときは書類審査で落ちてしまったんです。そのとき事務局からいただいたフィードバックをもとに、仲間と一つひとつ練り直して、4期で再チャレンジしたときにようやく採択されました。最初から順調だったわけではなく、挫折も経験しています。
未来: 当初から「スクール」という形を想定していたのですか?
別所: いえ、最初は必ずしもスクールという形を考えていたわけではありませんでした。不登校の子どもたちに関わる取り組みをしたい、という思いが出発点です。最終的な目的は「子どもの居場所をつくること」ではなく、学校に行っても行かなくても、その子に合った学びの場をつくりたいということでした。いろいろな検討を重ねていくなかで、結果として今のAOiスクールの形になったんです。
未来: なるほど。別所さんの原体験も、この取り組みとつながっているのですね。
別所: はい。私自身も不登校の経験があり、そのときに鉄道に救われた瞬間がありました。電車を見たり乗ったりすることで「自分はここにいてもいい」と思えたんです。その体験があるからこそ、同じように苦しんでいる子どもたちに安心できる居場所を届けたいと考えました。不登校の時間を「しんどい時間」ではなく、好きなことに没頭できる時間に変えたい。そして大人になったときに「あの時間があってよかった」と思えるようにしていきたいんです。
近所のお兄さんよりも「近い」存在
未来:今日の取材中、子どもたちが別所さんに親しく声をかけている様子がありました。まるで近所のお兄さんのような存在に見えました。
AOiスクールに通う男の子:ううん、近所のお兄さんというか…それよりももっと近い感じ。だって、近所のお兄さんは名前も知らないし、あいさつもしないから。
別所:ここでは自然に「ただいま」と言える子がいるんです。その一言には安心感や信頼感が表れていて、とても印象的でした。
未来:学校や家庭とも違う、もう一つの居場所になっているのですね。
別所:そう思います。プラレールやゲーム、本やシミュレーターなど、活動はさまざまですが、その根底には「好きなことを一緒に楽しむ」という空気が流れています。子どもたちはそこで少しずつ人と関わる自信を取り戻していく。ここに来て「ただいま」と言える経験を重ねることで、自己肯定感が高まっていくのだと思います。
AOiスクールに通う男の子:ここに来ると、やりたいことをすぐ言えるし、みんなでやろうってなるから楽しい。だから「また来たいな」って思うんだよね。
未来:AOiスクールでは、対面だけでなくバーチャルキャンパスやライブセミナーにも力を入れていると伺いました。どんな特徴があるのですか。
別所:バーチャルキャンパスは、(AOiスクールがある)善行でやっている活動をそのままオンラインに移したイメージです。スタッフが入って子どもたちと一緒におしゃべりをしたり、ゲームやテーマを決めて話したりしています。小田急沿線以外、例えば関西から参加している子もいて、1年以上続けている子もいます。場所にとらわれず参加できるのは大きな強みですね。

公式noteより引用
未来:ライブセミナーについてはいかがでしょうか。
別所:鉄道をテーマにしていて、趣味としての鉄道ではなく「仕事としての鉄道」を伝えています。鉄道好きの子でも知らないことが多く、毎回新しい発見があります。参加する子はカメラもマイクもオフで大丈夫なので、自宅の布団の中からでも視聴できる。ここをきっかけに対面のスクールに通い始める子もいます。
未来:オンラインやセミナーから、対面に広がっていくのですね。
別所:そうですね。いきなり通うのはハードルが高い子もいますから、まずはオンラインで雰囲気に慣れてから次の一歩につながることもあります。ライブセミナーやバーチャルキャンパスは、そのための大事な「入口」だと思っています。
子どもを一人の人間として尊重する
未来:保護者との関わりも大切だと思います。どんなことを意識されていますか。
別所:大事にしているのは「子どもを一人の人間として接する」ことです。私を含めて大人は必ずしも正しい答えを知っているわけではなく、子どもよりも少し長く生きているだけなんだと思います。そのうえで、保護者にもリスペクトを持ち、私たちも一緒にチームとして子どもに寄り添う。その姿勢を大切にしています。
未来:保護者にとっても不登校は大きな負担ですよね。
別所:本当にそうです。子ども自身も大変ですが、保護者も生活や仕事を変えざるを得なくなることがあります。精神的な負担もとても大きい。だからこそ、私たちは「保護者と一緒にチームになる」ことを意識しています。不登校の子を持つ保護者の方にこそリスペクトを持ちたい。ここで子どもが安心して過ごせることは、保護者にとっても救いになると思っています。
「未来が閉ざされた時間」ではなく「未来を準備する時間」へ
未来:AOiスクールに通う中で、子どもたちにどんな変化がありましたか。
別所:わかりやすい例でいえば、最初は人がいる場所に行けなかった子が、ここには来られるようになる。それが自信になり、少しずつ外に出かけるようになったり、進学のタイミングで復学につながったりすることもあります。ただ、「学校に戻ること」だけがゴールではありません。子どもが無理をして「学校に行く」と言っていることもあるんです。
未来:学校に行くか行かないかではなく、その子に合った形を探していくのですね。
別所:そうです。不登校は「未来が閉ざされた時間」ではなく「未来を準備する時間」なんです。自分の「好き」に触れ、自分のやりたいことを言えるようになる。その経験があれば、大人になってから必ず役立ちます。
子どもが自分の人生を選ぶ力を育てる
未来:AOiスクールは「生きる力」を育む場としても注目されています。
別所:はい。私が伝えたいのは「子どもを一人の人間として尊重する」ことと、「自分で未来を選ぶ力を持ってほしい」ということです。大人は、子どもの将来に備えて「勉強させなくては」「いい会社に入ってもらいたい」と考えがちですが、本当に大事なのは子どもが「自分の人生をどう生きるか」を自分で考えられるようになることです。
未来:つまり、正解を押し付けるのではなく、一緒に考え続けることが大切だと。
別所:その通りです。「これはしてはいけない」という関わり方はありません。一人の人間として、互いにリスペクトして接すればそれで十分です。そして子どもが「自分の未来を自分で考える」ことができれば、どんな形であれ大丈夫。社会全体がそういう視点を持てれば、不登校も絶望ではなくなります。
「自分はここにいていい」と思える社会をめざして
未来:最後に、AOiスクールを通して実現したい未来を教えてください。
別所:不登校になったとしても、学校に行けなくなったとしても、「自分はこの世界にいていいんだ」と思える環境をつくりたいと思っています。今の日本では、どうしても学校に行けない時間が「遅れ」や「マイナス」と感じてしまうことが多い。でも、私はそれを「その子が自分を取り戻す時間」だと考えています。好きなことをやったり、人との距離を取りながら安心して過ごせる時間は、けっして無駄ではありません。むしろ、その子がこれからどう生きていくかを自分で考えるための大切な準備期間になります。
AOiスクールは「居場所づくり」が目的ではありません。大人が答えを押し付けるのではなく、一人の人間として尊重しながら、子ども自身が「自分の未来をどう生きていくか」を考えられるようにすることが大切だと思っています。私たちはそのお手伝いができればいい。
将来「あのときAOiスクールに通っていてよかった」と思える人が一人でも増えてくれたら、それだけで意味がある。AOiスクールがあるから救われた、あの時間があったから大人になれた、そう言える人が増えていけば、日本の社会そのものも少しずつ変わっていくと信じています。
取材を終えて
取材を通して感じたのは、AOiスクールが単に居場所を提供しているのではなく、子ども自身が「自分の未来をどう生きていくか」を考えられるようにする「環境づくり」をしているということです。別所さんは「不登校」を特別なことではなく「少し学校が合わなかっただけ」と受け止められる社会になればよいと語っていました。その視点は、保護者にとって大きな救いになると思います。また、小田急電鉄という鉄道会社がこうした取り組みを支え、多くの社員が関わっている姿を知ると、不登校の子どもを育てる親としても心強く感じられるはずです。AOiスクールは、子どもと保護者のどちらにも安心と希望を届けてくれる場でした(KAZ)

お話を伺ったのは…別所 尭俊さん
〈AOiスクール スタッフ プロフィール〉
埼玉県出身。中学時代に不登校を経験し、鉄道に救われた原体験をもつ。2017年に小田急電鉄へ入社し、駅係員や車掌を経て運転士として勤務。自身の経験をもとに「あの時間があったから大人になれたという場所をつくりたい」と社内の事業公募制度に応募し、AOiスクールの立ち上げに携わる。現在は運営を担当しながら、子どもや保護者に寄り添う活動を続けている。
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