子どもの頃に、親や保育者に「アタッチメントする(信頼できる大人とくっつく)」ことが、子どもの健やかな発達にとても大切であると言われています。
「アタッチメント」とは何なのでしょうか。また、なぜ子どもの成長にアタッチメントが大切なのでしょうか。
子育てにおいてとても重要な「アタッチメント」について理解を深めるために、東京大学大学院教育学研究科の遠藤利彦教授に詳しくお話を伺いました。
アタッチメントとは?
未来:遠藤先生、まず始めに、「アタッチメント」という言葉についてご説明いただけますでしょうか。
遠藤先生:アタッチメントは日本語では「愛着」という言葉で呼ばれることが多いです。「愛着」という言葉は、それなりに子育ての現場や保育や幼児教育の現場で浸透してきています。
愛着という言葉もいい言葉だとは思うのですが、やはり愛着の中に「愛」という言葉が入っているために、時々「愛情」という言葉と混同されてしまうことがあります。できるだけ意味を正確にしていただきたいということで、最近は多くの研究者の方が「愛着」という言葉ではなくて「アタッチメント」と呼んでいます。
「アタッチメント」とは、基本的に子どもが怖くて不安な時、あるいは感情が不安定になった時に、特定な大人の人にくっついて「もう大丈夫だ」と安心感に浸ることを指します。
未来:「愛着」と「愛情」が混同されてしまうというお話がありましたが、具体的に何が違うのでしょうか。
遠藤先生:「愛情」はどちらかと言うと気持ちの問題で、子どもが親や保護者のことを「愛しい」と思う気持ちです。
一方、「愛着」や「アタッチメント」は行為や行動を伴うものです。実際、子どもが小さい時は文字通り身体的な意味で誰かにくっつくという意味なのですが、徐々に子どもが大きくなると必ずしも身体的にくっつくということでなくても、話をしたり、アイコンタクトで目と目を合わせたりすることでも、ちゃんと安心感に浸れるようになります。

未来:「アタッチメント」という言葉は、子育ての話において聞くことが多いのですが、子どもの時だけに必要なものなのでしょうか。
遠藤先生:アタッチメントという言葉や概念は子どもの発達の文脈で使われることが多いのですが、実は、私たち大人も含めこのアタッチメントを必要としています。
もともと「アタッチメント」は人間の一生涯に渡ってずっと大切な物なのです。
大人だって辛い気持ちになったり不安な気持ちになるときには、誰かと一緒にいたいという気持ちが強まったり、誰かと話がしたい、話を聞いてもらいたい気持ちが多かれ少なかれ生じます。
誰かと話をして一緒にいたりする中で、「もう大丈夫かな」と自分の気持ちを落ち着かせたり、安心感を回復させてまた明日から頑張ろうと日常生活を健全に送れるようになるのではないでしょうか。
人間というのは「安心感」に浸れていることが、心と身体が健康でいられる状態です。でも、その「安心感」の部分が崩れた時には、なかなか自分1人だけでそれを回復するのが難しいのです。人と一緒にいる、人と話をすることなどを通して私たちは崩れた感情を元通りに立て直して、心の安定を図ろうとしています。
そして、子どもの頃が、不安なときに心の安定を図ろうとして誰かにアタッチメントを求めることが最も顕著に現れる時期なのです。
アタッチメントは心の土台形成に決定的に重要
未来:子どもの頃に特にアタッチメントが大切だということですが、アタッチメントが子どもの成長においてどのような影響を与えるものなのか、なぜ重要なのかを教えていただけますでしょうか。
遠藤先生:アタッチメントは怖くて不安な時にくっついて、もう大丈夫だと安心感に浸るという、ただそれだけのことです。ただし、その当たり前のことがどれだけ安定して経験できているかということが、私たち人間が生涯に渡って心と身体が健康でいられたり、幸せでいられたりすることに非常に重要な役割を果たしていることがわかってきています。

アタッチメントが重要な理由、特に乳幼児期に重要な理由は、アタッチメントは人間が一番始めに身につけておくべき心の土台形成に決定的に重要な役割を果たしているからです。
心の土台とは、「自己信頼」と「他者信頼」だと心理学では言われています。
人が一番始めに身につけておくべき土台である自己信頼と他者信頼とは
未来:「自己信頼」と「他者信頼」という新しい言葉が出てきました。もう少し詳しく教えていただけますでしょうか。
遠藤先生:「自己信頼」は、「自分を信じられる」あるいは「自分は愛してもらえる、愛してもらえるだけの価値がある」と感じることです。社会の中にちゃんと自分自身の居場所を持てると、そこから自分の可能性を広げていくことができます。自分に自信が持てているからこそいろいろなものにチャレンジして自分の可能性を広げられるわけです。
ただし、それが自然と一人で身に着くわけではありません。人からいろいろな助けをもらわなくてはいけないときは人との関係が非常に大切です。人との関係を安定した形で築くためには、人を信じることが大前提になりますが、それが「他者信頼」です。「自己信頼」と「他者信頼」は決定的に私たちの日常生活において重要なものなのです。

人の幸せは基本的には「個人がどれだけ人間関係や集団生活に馴染んで適応できるか」にかかっています。そして人間関係や集団生活の基本は、人と人とがちゃんと信じ合えることだと思います。
その信じ合いの前提になるのが「自分を信じられる」と「人を信じられる」ことです。お互いに信じ合ってこそ、良い関係を築いて社会の中で楽しく健康に充実した生活ができるのです。
アタッチメントの積み重ねで「自己信頼」と「他者信頼」が形成される

未来:アタッチメントが、人間が一番始めに身につけておくべき心の土台である「自己信頼」と「他者信頼」の形成に重要な役割を果たしているとのことでしたが、どのように重要なのでしょうか?
遠藤先生:子どもは、怖くて不安で声を上げたときにそれを無条件に受け入れて慰めてもらい、不安な感情を元通りにしてくれるような「アタッチメント」の経験の積み重ねの中で、「自分は愛してもらえる、他の人にとって大切で宝物のような存在なんだ」という「自己信頼」の核となる感覚を自分の心の中に無意識のうちに定着させていくと言われています。
さらには、親から自分が不安であるというシグナルにちゃんと答えてもらえたり、近くにいてもらえたりしたことをベースにして、親という個別の存在だけではなく、場所が変わって相手が変わったとしても、この人もきっと自分が「助けて」を求めれば応えてくれるはずだという「他者信頼」の感覚を他の人にも広げていけることがアタッチメントという考え方です。

日常生活の中で他の人から自分が「受け入れてもらえる」「信じてもらえる」「愛してもらえる」など、他の人にとって自分は価値があるという感覚を持てていること、そして「人って信じていいんだ」という感覚を持てることは、大人になってからも重要なものであり続けます。その絶対的な基盤が、この乳幼児期のアタッチメントを通して形成されるのです。
未来:自己信頼というのは「自分は何かができるから価値があるんだ」ということではなく、「自分自身の存在自体に価値がある」と思えるということでしょうか?
遠藤先生:そうですね。いわゆる「無条件的に受け入れてもらえる」ことが重要だと思います。どんなに強く泣き叫んでも決して見捨てられたりしない、嫌がられて捨てられるということがない、例えどんなに自分が相手に迷惑をかけることをしても無条件に受け入れてもらえるということです。そう思える経験を重ねることで、自分自身の大切さや自分の価値を子どもは肌感覚で身につけていくのだと思います。

アタッチメントが形成されないとどうなるのか
未来:アタッチメントの経験がないと「自分が価値ある人間だ」と自分で思えなかったり、「人って信頼していいものなんだ」と思えないようになってしまうということなのでしょうか?
遠藤先生:そうですね、残念ながらある程度そうだと思います。不適切な養育環境で成長、生活せざるを得なかった子ども達、例えば虐待やネグレクトのような不遇な状況の中で生活を強いられた子どもの中には、自分自身に自信が持てない、自分の価値を感じ取ることができない、泣いても人が助けてくれるという感覚が持てないなど、他者に対する不信感が非常に強い形で心の奥底に固まってしまうことがあることが研究の中で確認されています。

遠藤先生のお話を伺って
私たち大人も不安になると誰かにそれを話して聞いてもらえたりすると安心します。それがアタッチメントなんだということを改めて認識した取材でした。子ども時期に「怖くて不安な時に誰かにくっついてもう大丈夫だと安心感に浸る」という当たり前のことがどれだけ安定して経験できているかというお話に、自分の日々の子育てについて考えさせられる機会でもありました。
では、どのようにしたら「アタッチメント」が形成されるのかについては、第2回の記事「アタッチメントって何?~子どもの自発と自立に不可欠な「安心感の輪」とは~」に続きます。
お話を伺ったのは…遠藤利彦先生(東京大学院教育学研究科教授 発達心理学・感情心理学)
〈監修者プロフィール〉
東京大学教育学部卒、同大学
院教育学研究科博士課程単位取得、博士(心理学)
子どもと養育者との関係性、とりわけアタッチメントがどのように子どもの心身発達に影響を及ぼし得るかについて研究。NHKEテレ『すくすく子育て』のコメンテーター。著書に「赤ちゃんの発達とアタッチメント 乳児保育で大切にしたいこと(ひとなる書)、「アタッチメントがわかる本:「愛着」が心の力を育む(講談社)」など多数。
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