多様性が大切になる社会を生きていくうえで必要な能力「共感力」とは何でしょうか? そしてどのようにすれば高まっていくのでしょうか? 「未来へいこーよ」では、東京都品川区にある日野学園の特別講演として、多様性や共感力を育む絵本「ふたりのももたろう」の作者・木戸優起さんと共同で「多様性と共感力」についての講演を実施しました。小学生が「多様性と共感力」を自分ごととして考えられるような工夫をこらした講義の内容をレポートします。
小学生の時点から触れ合う人の多様性はどんどん増えていく
出典:日野学園「ふたりのももたろう」講演資料より
木戸さんが作った「ふたりのももたろう」は、おじいさんとおばあさんに育てられたももたろうと、鬼に育てられたももたろうの2人が出会うお話で、「共感力」や「多様性」がテーマに描かれています。木戸さんは「この絵本は、自分だけでは作ることができませんでした。お話を作れば完成ではなく、紙の本の形にしてくれる人、本を置いてくれる本屋さん、本を運んでくれる運送屋さんなど、たくさんの人の手が必要です」と語っています。
講演に参加した日野学園の生徒は小学校6年生。小学生になると集団で行動する機会が増え、中学校や高校、大学、そして社会に出るとさらにさまざまな人に出会います。「自分とは違う意見や考え方、異なる外見の人」とこれからの人生でたくさん出会うようになります。
出典:日野学園「ふたりのももたろう」講演資料より
しかし、多様な人と触れ合うと「相手のことがわからない」ことが増え、わからないことが多くなってくるとストレスを感じて心や体が疲れて、衝突することも増えてしまいます。つまり「多様性の高い環境で生きることは難しいこと」なのだと木戸さんは語ります。そこで「共感力≒相手の立場に立って考える力」を育てることが必要なのです。
出典:日野学園「ふたりのももたろう」講演資料より
絵本「ふたりのももたろう」の内容と構造に小学生が興味津々
「共感力≒相手の立場に立って考える力」を子どもたちにわかりやすく解説するために、絵本「ふたりのももたろう」を使います。各グループのテーブルに「ふたりのももたろう」が置かれ、実際に読んでみたあとに、生徒たちが多様性について考える時間を設けました。

絵本は1冊に2つの物語が入った「じゃばら構造」になっていて「おにたいじのももたろう」を読み終えたあとに本をひっくり返すと、裏側にある「おにのこももたろう」が出現。内容はもちろん、その仕組みにも子どもたちが興味津々でした。
レポートでは「ふたりのももたろう」に収録されている「おにたいじのももたろう」と「おにのこももたろう」のお話を簡単にまとめましたので、こちらを読んで一緒に考えていきましょう。
おにたいじのももたろう
出典:日野学園「ふたりのももたろう」講演資料より
むかしむかし、あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました。ある日、おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に出かけました。おばあさんが川で洗濯をしていると、大きな桃が「どんぶらこ、どんぶらこ」と流れてきました。おばあさんが桃を持ち帰ってみると、桃から元気な赤ちゃんが飛び出しました。子どもがいなかった2人は大変喜び、桃から生まれた「ももたろう」と名付け、大切に育てました。
ももたろうは、やがて強くて優しい立派な青年へと育ちました。ある日のこと、都に住む商人から「近頃都では悪い鬼が暴れたり、食べ物を盗んだりして困っています」という話を聞いたももたろうは、「おじいさんとおばあさんは僕が守らなきゃ」と思いました。そして鬼たちに悪いことをやめさせる鬼退治に行くことを決心しました。ももたろうは毎晩せっせと修行に励み、おじいさんとおばあさんから刀ときび団子をもらって鬼が住むという「鬼が島」に鬼退治に出かけます。
途中で犬とサルとキジを仲間にし、仲間たちと連携して鬼ヶ島に入ったももたろうは、鬼の親分と対決! 必殺技で見事親分を降参させ、迷惑をかけた人に謝りに行くことを約束させました。ももたろうは改心した鬼たちから「ほかにも鬼が住む島がある」と聞き、弱い人を守るために鬼退治を続けていくことにしました。
おにのこももたろう
出典:日野学園「ふたりのももたろう」講演資料より
「おにたいじのももたろう」の桃がおばあさんに拾い上げられ、家に帰っていったそのとき、もう1つの桃が「どんぶらこ、どんぶらこ」と川を流れていきました。桃は誰にも拾われず、長い旅の末、ツノの生えた島へと流れ着きました。島の砂浜にそっと打ち上げられた桃に小鳥が持っていた木の実が落ちて、中から元気な赤ちゃんが! 泣き声を聞いてやってきた鬼たちによって赤ちゃんは「ももたろう」と名付けられました。鬼たちにかわいがられ、やがて強くてやさしい立派な少年へと育ちました。
ある日、自分の頭にツノがないことに気づいたももたろうは、1人だけみんなと違うと考えるとなんだか仲間外れになったような気持ちになって、ぽろぽろと涙を流しました。その様子を見た鬼たちは「ちがっていてもいいじゃないか」「ももたろうのちょんまげもすてきだぜ」とももたろうをなぐさめました。ももたろうは「みんなと違うところが自分らしさなのかも」と違いを大切にすることにしました。
もともとこの島に住む鬼たちは人との違いを気にしないで暮らしていて、相手が自分と違うものを「スキ」でもそれをけなしたり、むりに合わせたりしません。それが力の強い鬼たちが平和に楽しく暮らすためのコツでした。ももたろうは「自分がスキなことってなんだろう?」と考え、「みんなを楽しませるアイデアを考えることが一番楽しい」ことに気がつきました。名前のなかったこの島に「にじがしま」と名付け、周囲に宣伝して回りました。
すると魚釣りがスキな青鬼や音楽がスキな黄鬼、虫かごをぶら下げた犬など、多種多様な人たちが「にじがしま」にやってくるようになりました。ある日のこと「にじがしま」にやってきたのは…「おにたいじのももたろう」でした。このあと、ふたりのももたろうはどうやったらなかよくなれるでしょう?
出典:日野学園「ふたりのももたろう」講演資料より
鬼やももたろうの気持ちを考えてみる
絵本のお話を踏まえて、木戸さんが日野学園の生徒たちに、まず最初に聞いてみたお題は「あなたが鬼の立場だったら、おにのこももたろうが泣いているときにどのように声を掛けますか。それはなぜですか?」というものでした。

絵本を読み返しながら、まずは自分で考えてみます。
生徒たちの回答(一部抜粋)
「違ったっていいじゃない。だってみんなそれぞれだもん」
「そのちょんまげが、ツノといっしょだよ」
「いつか生えるよ、いつか」
「安心してよ。昔はツノが生えてなかったから」
絵本のように「違いがあってもいい」ことを伝えたり、ちょんまげをツノの代わりに見立てたり、根拠はないものの励ましてみたりと、いろいろな方法を考えてくれました。
「『どうして悲しんでいるんだろう?』って自分と違う立場になって考えることは、じつは子どもにはなかなかできないこと。普段からこういうことを意識してやっているからできるんだと思います」と、生徒たちがどんどん答えていく姿に、木戸さんも驚いた様子でした。
次に出された「最後のシーンで、おにのこももたろうはどのような気持ちでしょうか。また、なぜそのような気持ちだと思いますか?」というお題には、以下のような答えが集まりました。
生徒たちの回答(一部抜粋)
「なんで剣を抜いているんだろう?」
「なに言ってるの? 鬼っていい人だろ」
「顔がそっくりな子がきた!」
「おにのこももたろう」の側からすると、こちらは平和に暮らしているのに、悪だと決めつけられて暴力をふるわれそうになっているのにとまどったり、憤ったりしている気持ちが伝わります。
さらに「最後のシーンで、おにたいじのももたろうはどのような気持ちでしょうか。また、なぜそのような気持ちだと思いますか?」というお題も出され、前のお題とは登場人物が違う内容に。
生徒たちの回答(一部抜粋)
「鬼はすべて悪いものだし、鬼に対して怒っている」
「なぜ鬼と暮らしているの?」
「鬼たちのなかでもいいやつがいるかもしれない」
「おにたいじのももたろう」のなかでは「鬼は悪いことをするもの」というイメージだけでしたが、鬼と人間が仲良く平和に暮らしている様子を見て、それまで固定されたイメージに疑問を抱いているようです。現実でこのような場面があったときにも「ひょっとしたら?」と考えられるといいですね。
ふたりのももたろうが違いを乗り越えて理解し合うには?
最後のお題は「ふたりのももたろうが、違いを乗り越えて理解し合うにはどうしたらよいと思いますか?」というもので、これは5~6人のグループで話し合って意見をまとめました。
生徒たちの回答(一部抜粋)
「『自分の島の人たちは危険じゃない』と教えてあげる」
「考えが違うだけなので、みんなで話し合ったりして互いに理解したらいいと思う」
「一緒に過ごすことでわかるようになる」
「斬られる前に『ちょっと待って』と言って自己紹介する」
「島の人たちの力を合わせてももたろうと戦う」
グループ回答では「お互いに対話する」や「一緒に過ごしてわかりあう」という意見が多く出てきました。前のお題で、2人のももたろうの気持ちになって考えたことも影響していると思われます。また「島の人たちと力を合わせてももたろうと戦う」というのも、最善の解決策ではないかもしれませんが、本当にわかりあえなかったときには必要となる方法のひとつかもしれません。
共感力は普段から使うことで鍛えられる
木戸さんは今回の講義を振り返り「共感力は何か?」ということは「1.同じ気持ちになる」「2.気持ちを想像する」「3.その上で行動する」の3つのステップがあると解説しました。
出典:日野学園「ふたりのももたろう」講演資料より
鬼は自分とは外見が違うおにのこももたろうを見たときに、ちょんまげを褒めることで「違ってもいいじゃないか」ということを伝えていました。「そのときの鬼の気持ちを考えてみた」経験をふまえ、最後のお題ではそれぞれのももたろうの立場になって考えてみることで、解決への糸口を見つけていました。
木戸さんは「共感力は1と2だけで終わったら意味がないです。相手に対する働きかけである3が一番大事なのです。でも、そのためには1と2ができていないといけない」と語ります。共感力は、日常生活でいろいろなことを体験するなかで鍛えられていきます。
出典:日野学園「ふたりのももたろう」講演資料より
そして「共感力をもって相手に接すると、その人が味方になってくれることが多いです。『ふたりのももたろう』の絵本も、5年くらい前に思いついて作ろうとしたけれど、自分一人では作れませんでした。本を作るためには、印刷や本を売ってくれる場所が必要になるなど、一人ではできないことがたくさんあります。いろいろな人に『絵本を作りたい』と話していたら、たくさんの人が僕を助けてくれました」と自身の経験から共感力が発揮された場面をお話してくれました。
また「共感力は自分のためにも、相手のためにもなります。普段から共感力を発揮していると、いざ自分の調子や運が悪いとき、がんばりたいときに、自分を助けてくれる人たちが増えます。今後、多様性に富んだ社会ができるかどうかは、ホントにみなさんしだい。共感力を大事にして、人から応援されることに人になってください。そしてぜひ、日本や世界を、私たち大人が生きてきた時代よりもよいものにして、みなさんの子どもたちの世代に渡してあげてください」と未来を担う子どもたちに暖かいメッセージを送り、大きな拍手とともに講演は終了となりました。
質疑応答での鋭い質問に木戸さんもビックリ⁉
最後に残った時間を使って、子どもたちに質疑応答の時間が設けられました。その内容を一部抜粋して紹介します。
Q:木戸さんが初めて「共感力」を学んだのはいつですか?
木戸さん:僕は、みなさんと歳が同じころによく病院にいくことがあったのですが、そこで自分よりも少し小さい小学校2~3年生くらいの子たちが「もっと生きたかったのに」と言いながら、病気で亡くなってしまうのを見たんです。そこで僕は初めて「自分では当たり前だと思っていたけれど、健康に生きられない人たちがいる。でも、その違いは、たまたま偶然によるものなんじゃないか」と思いました。僕自身は、今でも健康ですが、違いが「偶然によるもの」だと思うと、僕が出会った病気に苦しむ人たちと自分は関係がないとは思えなかったのです。僕の体験談のように、自分と違う境遇の人となるべく出会うようにすると、共感力を学ぶきっかけが見つかりやすいと思います。
Q:先生が思う「多様性」はなんですか?
木戸さん:あまり「お互いにダメだよって言いすぎないようにする」ことだと僕は思っています。それで、みんながそれぞれ好きなことができれば、多様性を育むことにつながっていくと思います。ただ、気をつけなくてはいけないのは、みんながそれぞれ好き勝手なことをやると、ぶつかってしまうことです。だから、ある程度話し合う必要があって、自分がやりたいことと相手がやりたいことの間に線を引く必要があるんです。そのときに意識するといいのが「相手の気持ちになって、その考えや好きなことをなるべく理解してあげる」ことですね。
講演を聞いた生徒たちの感想は?
「ふたりのももたろう」の絵本と作者である木戸さん自身のお話を通して「多様性と共感力」について学んだ日野学園の生徒たち。終了後に、生徒たちが講演の感想や自分自身のこれからの生活に生かしたいことを書いてくれました。ここでは、その一部を紹介します。
「今回、『ふたりのももたろう』を通して共感力を学びました。私が印象的だったのは、鬼が悪役を担当していなかったことです。私は通常版のももたろうの一面だけから見ていたから、一方的な解釈になっていたのだと思います。これからはトラブルが起きたときは、多方面から考えていきたいです」
「『ふたりのももたろう』を読んでお互いの多様性を認められることが大切だということが分かりました。また、二人の違う所で育ったから鬼の良い所や悪い所をを分かっていてそれぞれ違う立場になって客観的に見ることも大切だと思います。この様な事を教えてくださってありがとうございます」
「この授業をうけて、相手の立場で考えることが仲良くなることで大事なんだなと思いました!これから友だちと話すときに、相手の立場になって考えながら話したいです。」
「『ふたりのももたろう』を通して多様性を学ぶことができました!私は自分の事を『ボク』と言うので、より共感する事ができました。『ふたりのももたろう』を読み、世の中には色々な人がいる。それはその人の個性だという事を改めて思いました。また自分は自分らしく、自由に生きようと思いました。」
「ふたりのももたろう」を読むことで、違う立場から物事を考えるよいヒントが生徒たちに身に着いた講演でした。「未来へいこーよ」では今後も子どもたちの知的好奇心や共感力、自己肯定感が育つ情報をお届けしていきますのでお楽しみに!
講師 木戸優起氏 プロフィール
和歌山県出身。社会課題を解決するため、いろいろな企業の事業づくりを担当する(株)ドリームインキュベータ ビジネスプロデューサー。「おにたいじのももたろう」と「おにのこももたろう」の立場が異なる2つの物語が1つの本で読める「ふたりのももたろう」の作者。
ドリームインキュベータ公式サイト
ふたりのももたろう公式サイト
この記事を読んでいる人は「多様性」や「共感力」に関するこんな記事も読んでいます
・名作昔話の「もしも」から共感力と多様性が学べる絵本「ふたりのももたろう」
・自ら学び続ける子どもになる! 社会を生き抜く「非認知能力」の育て方
・話を聞かない4歳~5歳男子は要注意!? 「聞く力」を育てるコツ
・10歳から考える力を育む! 童話を元にさまざまな角度から物事を見られる本
・【未来へいこーよ】が育むココロのスキル(非認知能力)について