「宿題の答えをAIに聞いてしまう」「考える前に答えが出てしまう」。子どもが家庭で生成AIを使う場面が増えるなかで、こうした不安を感じている保護者の方は少なくないのではないでしょうか。一方で教育の現場では、AIを「答えを出すもの」ではなく「子どもの考えを引き出す相手」として活用する取り組みが始まっています。今回お話を伺ったのは、学校教育向けソリューション「tomoLinks(トモリンクス)」で、対話型の生成AI「チャッともシンク」を開発するコニカミノルタの事業責任者・石黒さん。あえて答えを出さないという発想に込めた思い、子どもの学びがどう変わったのか、そして家庭でも応用できるヒントを伺いました。

コニカミノルタ株式会社 BT事業戦略統括部 ICW事業開発部 教育DX事業開発グループ 担当部長、グループリーダー 石黒 広信(いしぐろ ひろのぶ)さん
学習・校務支援システムの開発責任者として、教育分野におけるシステム企画・開発を推進。その後、外資系IT企業や大手通信企業において、大規模自治体を含む教育システム構築案件のプロジェクトマネージャーを務めたほか、総務省の先導的教育システム実証事業などに従事。現職では、デジタル庁「令和5年度 教育関連データのデータ連携の実現に向けた実証調査研究(大阪府箕面市)」、文部科学省「新時代の学びにおける先端技術導入実証事業(大阪府箕面市)」などを担当。20年以上にわたり、教育ICTおよび教育データ利活用に関するプロジェクトを推進している。
「答えを出さないAI」が生まれた理由
「チャッともシンク」の開発が始まったのは、生成AIが世の中に広まりはじめたころでした。石黒さんによると、学校現場ではいつも「子どもに使わせるか、使わせないか」という議論が起こりがちだといいます。
「スマートフォンのときもそうでしたが、学校でいくら禁止しても子どもたちは家で使いますし、卒業した後には社会で欠かせないものになっていきます。だったら、先生が近くにいて安全が保たれた環境で体験できる場を用意するべきではないか、というのが出発点でした」
実際に学校で使ってもらうと「子どもがAIの言いなりになるのでは?」や「勉強しなくなるのでは?」という心配の声もあがったそうです。そこで取り組んだのが、すぐにAIが答えを出さない仕組みづくりでした。

大阪市の小学校で見えた、子どもたちの反応
コニカミノルタは、大阪市の生成AIパイロット校6校とともに実証事業を続けてきました。石黒さんの心に残っているのは、子どもたち自身の言葉です。
「体験したあるお子さんから『答えを言わないからいい』という感想をいただいたのです。それから、『AIが間違えることもあるから、自分でよく調べるようになった』という声も聞きました。大人が心配しているほどには、子どもたちはAIの言いなりにはなっていないと実感しました」
2026年2〜3月に行われたアンケート調査(分析対象479名)では、「AIやドリルを使った学習は楽しかった」が88.1%、「自分で考えて取り組むことが増えた」が82.7%、「これからもAIを使って学習を続けたい」が84.8%と、全項目で73.5%以上の子どもが前向きに回答したといいます。
安心して考えを言葉にできる「心理的安全性」
こうした前向きな反応の背景には「心理的安全性」があると石黒さんは話します。
「たとえば、先生が忙しくてなかなか質問できないときってありますよね。そんなときでも、AIならいつでも相談できます。間違えても恥ずかしい思いをしなくてすみますし、気軽に聞けるんです。それと、グループに分かれて自分の意見を言う場面でも、その場でいきなり話すのが恥ずかしくて、なかなか言い出せない子がいます。そういう子が、まずAIに『こう考えているんだけど、どうかな?』と自分の考えを言葉にして打ち込んでみる。頭の中にあったものを一度文字にしてみるだけでも考えが整理されますし、AIから返ってくる反応を手がかりに、『よし、これなら話せそう』と自分で背中を押せるようになるんです。実際に、そうやって発表できるようになった子もいました」
発言が得意な子だけでなく、一人ひとりが安心して自分の考えを言葉にできる。そんな場が、AIとの対話を通じて生まれているようです。
とはいえ、子どもが自分で考える、考えを深めるためには、AIを子どもだけで使うのみでは難しい。そこに、先生が授業でAIを活用する意味があります。

AIに「役割」を持たせるという発想
「チャッともシンク」の大きな特徴は、AIの「振る舞い」を先生が設定できることです。ヒントだけを出す先生役、歴史上の人物になりきって生徒からの質問に答える相手、文章の推敲を手伝う相棒など、さまざまな“相手”を子どもの前に立たせることができます。

たとえば、歴史上の人物になりきったAIに子どもがインタビューをして、会話のなかで「この人物は誰なのか」を推理していく。そんな使い方もできるそうです。

ただし、こうした役割を自分で設計できる先生は限られているのが実情です。「AIのプロンプト(指示文)を自分で作るように使いこなせるのは、一部の先生に偏ってしまうことが多いのです。そこで私たちは2つの方向で取り組んでいます」と石黒さん。
ひとつは、3年近く積み重ねてきた活用事例をもとに、あらかじめプロンプトを用意しておき、先生が書かなくても授業で使えるようにすること。もうひとつが、プロンプトを設定しなくても、はじめから答えを返さないようにチューニングされた「学習伴走型AI」です。これらは2026年度に予定されている「授業用プロンプトの標準搭載」につながっていきます。
小学2年生がAIに九九を“教える”授業
石黒さんが「とてもおもしろかった」と話すのが、ある小学校2年生の算数の授業です。先生はAIに2つの役割を持たせていました。ひとつは九九の問題を出してくれるAI、もうひとつは、子どもがAIに九九を「教える」AIです。
「2年生がどちらを使うのかなと思っていたんですが、思いのほか、子どもがAIに九九を“教える”ほうに夢中になる子が多かったんです。授業後のアンケートでも『もっとAIと会話したかった』という声がたくさんありました」
学びの定着には、ただ聞いたり教わったりするよりも、自分が誰かに「説明する=教える」ほうが効果が高いといわれています(ラーニングピラミッド)。AIに九九を教えようとすると、子どもは「どう説明すればわかってもらえるか」を自分の頭で考えることになります。「教わる」だけでなく、「教える」体験を通じて学びが深まり、自分のレベルに合わせてインプットとアウトプットの両方を選べる。そんな学び方が、AIによって一人ひとりの成熟度に合った形で実現していました。
2026年度の新機能「対話ログ分析」で見える子どもの思考
2026年度には、もうひとつの新機能「対話ログ分析」の標準搭載も予定されています。子どもとAIの対話を生成AIが分析し、「何について考えているか」「どんな意見が多かったか」を先生が把握できるようにするものです。
「紙に書く授業であれば、先生が机を回って子どもの考えを見られます。でも、AIとの対話だと何を話しているのか見えづらい。そこで、AIが得意な文章の要約や、特徴を抽出する能力を使って分析し、子どもたちの考えを見えるようにしようとしています」
発言の多い子に評価が偏りやすいという従来の課題をやわらげ、一人ひとりの思考をすくい上げるねらいがあります。
家庭でできる、AIとの付き合い方
ここまでは学校での話。では、家庭ではどう向き合えばよいのでしょうか? 石黒さんがいちばん大切だと話すのは、「大人が一緒に使うこと」でした。
「学校には先生がいますが、家では保護者の方がその役割を担うことになります。家庭で使うAIは答えがそのまま出てしまうことも多いので、一緒に使って「AIに聞いて一発で答えがでてしまうような使いかたは学習として不十分」「調べたら終わりではない、調べたら自分なりの意見を加えてまとめるといいよ」と声をかけてあげてほしいですね」
もうひとつのヒントが、AIを使い分けるという考え方です。「クリエイティビティを発揮して何かを生み出す場面では、高機能な汎用AIを活用するのもひとつの選択肢です。一方で基礎を学ぶときは、子どもの学びに合わせて設計された教育特化型のツールを選ぶ。参考書と教科書を使い分けるのと同じイメージです」。一発で答えが出てしまう使い方ばかりにならないよう、AIがある前提での学び方を子ども自身が身につけていくことが大切だといいます。
そして石黒さんはAIをとくに「好きなことを突き詰める道具として使う」ことに価値を感じているとお話されています。石黒さん自身、子どものころは絵が得意ではなかったそうですが、競馬好きのお父さんに「自分の作ったゲームで遊んでほしい」という思いから、電卓のプログラム機能で競馬ゲームを手作りした経験があるそうです。数字を馬が進んだ距離に見立て、桁が上がって決まったところに届いたらゴール、という手づくりのゲームだったといいます。
「競馬のゲームを作るということは、競馬のルールも知らないといけないし、なぜ馬が速いのかも知らないといけない。馬がどう走るのか、競馬とはどういうものかを、自分で調べないと作れないんです。そして、思ったものにならないのはなぜか、と突き詰めていくことが、いちばんの学びになります。基礎的な知識と自分の考えを持って、AIを使いこなす。AIに任せられることと、任せられないことを理解していくことが大事だと思います」
AIを使えば、絵が苦手でも自分のイメージを形にできます。好きを入り口に、「調べる・試す・作り直す」を繰り返すことが、これからの時代の学びにつながっていきそうです。
取材を終えて
「AIに何を聞くか」ではなく「AIにどう振る舞ってもらうか」。そして「好きなことを突き詰めるためにAIを使う」。取材班にとっても、AIとの向き合い方を見直すきっかけになるお話ばかりでした。印象的だったのは、AIが子どもにとって気軽な話し相手になり、いきなりみんなの前で話すのが苦手な子の言葉を引き出す“壁打ち相手”になりうるという視点です。答えを急がず、子どもが自分のペースで考えを育てられる環境を、家庭でも少しずつ用意していけたらと感じました。教育とAIの両方に深く向き合う開発の姿勢からも、多くの学びをいただいた取材でした(KAZ)。
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