日本野外教育学会とは?
日本野外教育学会は、「自然・人・体験」を柱に、野外教育を学際領域として位置づけている学会です。野外活動や自然体験、環境教育などに携わる実践者・研究者が集まり、学術と実践の両面で活動を展開しています。年次大会やシンポジウムの開催、学会誌の発行、国際交流などを通じて、会員間の交流や意見交換を促進し、野外教育の発展を目指しています。個人、団体、企業問わず、趣旨に賛同する方は会員になれます。
基調講演は「すべての子どもたちに自然体験を」のテーマで養老孟司先生が登壇!
養老孟司先生
日本野外教育学会 第27回大会の基調講演として養老孟司先生が登壇しました。養老孟司先生は、神奈川県鎌倉市生まれの医学博士で、解剖学者です。東京大学名誉教授であり、『バカの壁』など多くの著書を持ち、社会現象や心の問題を解剖学と脳科学の視点から分析しています。國學院大學の青木康太朗先生が司会を務め、会員からの質問も交えながら「すべての子どもたちに自然体験を」というテーマで講演を行いました。
國學院大學 人間開発学部 子ども支援学科 青木康太朗教授が聞き手を担当
昆虫好きで知られる養老先生ですが、最初に魅了されたのは実はカニでした。未就学児の頃、鎌倉の海辺でカニのハサミや甲羅、脚の動きをじっくり観察していたそうです。
自然体験は「自分が見ているものが直接感覚に入っていく」
青木先生との対話の中で、養老先生は現代の人々が自然と向き合う時間が減少し、SNSや仮想空間に依存することで本質や本物を知らない人が増えていると指摘しました。そして養老先生のなかで「本質や本物、事実、正常とは何か?」と考える機会が増えていると問題提起をしています。
自然体験は、視覚だけでなく、木や草、昆虫に触れたり、匂いを嗅いだりすることで五感を刺激する要素が多く、子どもにとって「本物を知る」体験が手軽にできるのが魅力です。さらに自然体験は、どこで何を見つけたか、どんなことをしていたかが(体験として記憶に残る形で)情報化され、「直接感覚から『触った感じがする』という体験が得られる」と述べています。にもかかわらず、子どもが本物の自然に触れる機会が減っていることを指摘し、「子どもに自然体験を通じて感覚を育むことをさせなくていいのか?」と疑問を呈しています。

子どもの自己肯定感を高めるには?
次に、子どもの自己肯定感を高める方法についての質問に対して、養老先生は「虫捕りに行けばいい。虫は人の評価とは関係ないから」と答えました。さらに、「自分が勝手に左右できる世界を自分なりに持つことが大事」と述べています。養老先生自身も子どもの頃に大病を患い、学校を休んでいる間に虫と友だちになり、自分の世界を持つことができたと語りました。
また、養老先生は人として必要な能力として「頭は丈夫でなければならない。『切れる』という意味ではなく、どんな状態でも普通でいられる、動じない子のこと」と言及しました。このような子は、自分に能力がなくても「能力がある人にくっついていけばいい」と考えることができるそうです。
自分でできないことは、ほかにできる人を頼って、自分ができることを伸ばしていけばお互いに補完しあっていけるということですね。
さらに、「子ども時代の自然の原体験は、その後の人生にずっと影響を与えると思います。一生ものの原体験とはどのようなものでしょうか?」という質問に対して、養老先生は次のように答えました。
「自然体験では、例えば虫捕りには(私のようなキャリアや年齢でも)予測できないことがたくさんあります。フィリピンのラオスの山中で虫に刺されたとき、『貧血かな』と思ったら、突然世界が白黒に見え始めてアナフィラキシーショックを起こしました。幸いにも周囲の迅速な手当てで命に別状はありませんでした。(このような危険はまれですが)危険なことに遭遇しても、生き延びれば自信につながります。予定外のことが起こるからこそ、人生はおもしろいのです」と述べ、自然体験の中での予想外の出来事が生きる自信や力になることを強調しました。このような話を通じて、基調講演は好評のうちに幕を閉じました。
「誰一人取り残さないために、野外教育に何ができるのか」をテーマにシンポジウムを開催
続いて行われたシンポジウムは「誰一人取り残さないために、野外教育に何ができるのか」がテーマ。4人のシンポジストが自分の活動について情報提供を15分ずつ行い、参加者の質問にシンポジストが答える形式で進められました。
(写真右から)吉岡マコ氏、今井悠介氏、原田順一氏、和田真穂氏
シングルマザー向けに自然体験を実施
吉岡マコ氏はNPO法人シングルマザーズシスターフッドの代表理事で、シングルマザーの心と体のセルフケアを行いながら、シングルマザーの支援団体として親子キャンプも企画しています。ひとり親家庭の親子は、経済的困窮だけが問題ではなく、多くの親子は運動と無縁で自分の健康で困っているひとり親家庭は35.8%と、予防ケアや社会でサポートする仕組みが現状ではあまりないそう。
吉岡氏はシングルマザーズシスターフッドの支援のありかたとして以下の流れをあげています。
①セルフケア講座で「今」がよくなる
②学びを通して未来がよくなるよう、就労支援のプログラムを開発して実施
③上記を経てひとり親家庭が社会に貢献する
この②の「学びを通して未来がよくなる」ことを目的として、一泊二日の親子キャンプを実施しています。

親子キャンプは、ひとり親家庭の子ども同士の交流が子どもの生きる力を高め、同じ境遇の友だちができ、親子のよい思い出ができるほか、子どもが元気なお兄さんに遊んでもらえることも貴重な機会となっており、ポジティブな男性のロールモデルに触れることもメリットとしてあげられていました。
また、キャンプをしながら母親同士で交流したり、自分の時間を持てることで「自信のようなものがふつふつと沸いてきた」「自分の気持ちを、のびのびと発信できるようになった」という意見を得ています。
貧困家庭の体験格差をなくす活動
公益社団法人チャンス・フォー・チルドレン代表の今井悠介氏は、子どもの貧困をテーマに活動しています。チャンス・フォー・チルドレンはもともと阪神・淡路大震災を契機に大学生のボランティアが主体でキャンプやレクリエーション、不登校支援を行っていたNPOが母体です。東日本大震災とリーマン・ショックを機にチャンス・フォー・チルドレンを立ち上げ、寄付を集めて経済的に苦しい子どももキャンプやレクリエーションに参加できるようにしたり、塾などの学習機会を得られるようにしたりといった支援をしています。
今井氏は2021年から本格的に体験格差という社会課題に取り組んでいます。体験格差を定量的に把握する調査がなく、2022年にチャンス・フォー・チルドレンが初めて実施した結果、年収300万円未満の世帯の子どもの3人に1人が学校外で1年間「体験」をしていないという驚きの結果に。その内容は「体験格差」という本にもまとめられ、話題になっています。今井さんは経済的な理由のほかに、親が仕事等で子どもにかかわれる時間が少ない「時間的理由」もあると述べました。

チャンス・フォー・チルドレンでは、子どもの体験奨学金「ハロカル」を展開し、寄付金を元に電子クーポンを発行し、経済困窮家庭の子どもたちがいろんな体験に参加できる仕組みを作っています。
自然体験で子どもの自尊感情を高める
一般社団法人日本アウトドアネットワークで事務局長を務めるほか、自然体験を通じて子どもたちの成長を支援することが目的のサイト「みんなのアウトドア」の代表も兼任している原田順一氏。日本アウトドアネットワークで取り組んでいる「ひとり親家庭支援事業」を紹介しました。これは各団体の主催キャンプに安く参加できるようにしたもので、前述した吉岡氏のキャンプも原田さんが企画に携わっています。
キャンプ費用の補助だけでなく、アウトドアメーカーのゴールドウインなどがリュックやシューズなどをレンタルできる仕組みも作り、アウトドア専用の道具がなくても楽しくキャンプに参加できます。
原田氏は自然体験活動は教育の本質が詰まった素晴らしい活動で、活動に参加することで子どもの自尊感情が高まると紹介しました。
さまざまな遊びや学び、体験等を通じて生き抜く力を得ることができる
こども家庭庁の和田真穂氏は、こども家庭庁で「こども大綱」や「こども基本法」を担当しています(正式な肩書きは、こども家庭庁長官官房参事官(総合政策担当)付参事官補佐)。「こども大綱」は、全ての子どもが幸福な生活を送ることができる「こどもまんなか社会」を実現するための基本的な方針等を定めた重要な政策文書で、これまで別々に推進されてきた少子化対策、子ども若者育成支援、子どもの貧困対策に関する3つの大綱をひとつにまとめ、幅広いこども施策の基盤を形成しています。

こども施策に関する基本的な方針には、「良好な成育環境を確保し、貧困と格差の解消を図り、全てのこども・若者が幸せな状態で成長できるようにする」ことなどが掲げられ、多様な遊びや体験、活躍できる機会づくりに取り組むこととされています。
こどもまんなか実行計画2024に具体的な取り組みが記載されていることを紹介しながら、自然体験を含む幅広いこども施策を通じて、「こどもまんなか社会」を実現しようとしていることを説明されていました。
シンポジウムでは貧困以外の「困難」の重複も課題として認識
登壇者4名の情報提供が終わったあとのシンポジウムでは、来場者からの質問を中心に回答やディスカッションを行いました。吉岡氏のシングルマザーを対象にした親子キャンプでは、キャンプ中のスタッフの温かいサポートに、参加者の母親が「今までこんなに大切にされたことがなかった」と感想を語ったというエピソードが語られました。
「貧困だけでなく、発達や身体に障がいを持つ家庭にも体験格差があるのでは?」という質問には、吉岡氏が「じつは、ひとり親家庭は発達障がいの子どもがいることが一定数おり、今回のキャンプにも参加されいます。経験豊富なキャンプリーダーがしっかりと盛り上げてくれたこともありますが(発達に障がいがあっても十分に楽しめる)自然の力ってすごいなと感じています」と述べました。

キャンプに同行した原田氏も「特別な配慮感を出してしまうと、子どもたちも参加しにくい感じだったので、普段と変わらない雰囲気を心がけました。お子さんにとっても何か困ったことがあったらお母さんがいるという安心感もありましたし、事前にオンラインでお話したのもよかったです」と答えていました。
貧困だけでなく困難が重複している家庭が多く、社会の目を変える必要がある
今井氏は「貧困が体験の機会を奪う問題の一つであると述べましたが、子どもに障がいがあるため保護者が『周囲に迷惑をかけるのでは』と参加を控えることも多いと思います。これらの問題は別々ではなく、例えば子どもに障がいがあることで母親がフルタイムで働けず貧困に陥る、外国にルーツを持つ方が言葉の問題で収入が増えないなど、体験が届きにくい家庭は『困難が重複している』と考えています。子どもや親の責任ではなく、社会の視点を変えるべき問題です」と述べました。
原田氏も「今回企画したキャンプでも『送迎ができないので参加できない』と参加をあきらめた方もいらっしゃいました。また、親自身が自然体験をしたことがないと、子どもにもどんな体験がいいのかわからない」という悩みも聞いたそうです。
多彩な立場からの協力が不可欠
こども家庭庁の和田氏は「貧困対策に携わる中で、貧困や障害、そして一人親家庭の問題など、さまざまな要因が重なることで情報が届きにくくなるケースが多いと感じています。これには多様なアプローチが必要だと思います」と述べています。
さらに「そのためには、国や自治体が果たすべき役割がある一方で、民間団体の役割も重要です。さまざまな立場の人々がそれぞれの立場でできることを進めることが大切です。とくに子どもに近い立場の人々がニーズを把握し、自治体や民間団体が補完的な役割を果たすことが求められています。制度を整えたり、事業への補助金を通じて間接的に支援したりする取り組みを通じて、国が果たすべき役割をしっかりと遂行し、できるだけ多くの子どもたちに支援を届け、取り残されることのないようにしたいと考えています」とすべての子どもたちが公平に支援を受けられる社会を目指し、多様な立場からの協力が不可欠だとお話されました。
野外教育に何ができるのか?
シンポジウムの最後に、司会より「例えば、保護者自身の体験が少ないと、子どもに新しい体験をさせようという気持ちが湧かないことがあります。そのため、そういう保護者が子どもにどんな経験をさせたいかを考えると、やはり教育に重きを置くことが多く、塾などにお金をかける選択をすることが多いといえそうです。今の子どもたちに野外教育は何ができるのでしょうか?」という質問が寄せられました。
就労支援の一部としてコーディネートし、野外教育の魅力を知ってもらう
その質問に対し、シングルマザーズシスターフッドの吉岡氏は「シングルマザーのなかでは『野外教育』と言ってピンとこない方のほうが多いと思います。今回は親子キャンプをメインに行ったのではなく、就労支援プログラムの一環として親子キャンプを実施しました。そのため、アウトドアに全く興味がない方でも、就労支援プログラムに組み込まれているので参加することになったという状況です(笑)。でも、実際に参加してみると『とても楽しかった』という声をたくさんいただきました」と、直接アウトドアに興味がない方でも、就労支援には関心があるという形でうまくコーディネートし、結果として子どもや家族が希望する体験を提供することが『私たちができる一つの方法だと考えています』と述べています。

「誰一人取り残さない」という視点を議論に取り入れ、日常的に子どもたちが参加する場に広めていく
公益社団法人チャンス・フォー・チルドレンの今井氏はまず「今回のシンポジウムのテーマである『誰ひとり取り残さない』という視点を野外教育の議論に取り入れることは非常に重要です。野外教育の意義については多くの研究が行われていますが、その視点を常に持ち続けることが大切だと感じています」と述べ、このようなシンポジウムは、私たちの活動にとっても非常に有意義であるとお話されました。
また「野外教育や自然体験の重要性は、体験を通じて初めて理解できるものであり、言葉だけで伝えることは難しいです。経済的な支援を通じて参加しやすい環境を整えることも必要ですが、そもそもこうした経験がない家庭に対してどのようにアプローチするかが重要なテーマです。吉岡さんの話とも関連しますが、子どもたちの日常に野外体験をどのように組み込んでいくかが鍵となります。学校教育や学童保育、児童館など、日常的に子どもたちが参加する場に取り入れることで、経験の機会を増やし、子どもたち自身が楽しいと感じられるようにすることが大切です。奨学支援などを通じてこうした活動を進めることができれば、より多くの子どもたちに体験の機会を提供できると考えています」と、日常生活に自然体験を組み込むことが、持続可能な支援の形として有効だとまとめました。
送迎の対応や資金面など課題はまだまだある
一般社団法人日本アウトドアネットワークで事務局長の原田氏は「吉岡さんが言ったように、子どもたちがどれだけ楽しめるかが重要です。しかし、特別感を出しすぎると、行きづらくなったり、子どもたちが保護者から離れにくくなることがあります。そのため、通常の雰囲気でプログラムを行うことが大切です。ただ、まだ多くの部分で改善が必要で、さまざまな方々の協力を得る必要があります」と子どもが楽しめる環境について、まだまだ改善と協力が必要だと語ります。
その理由は「プログラム自体は実施可能ですが、送迎の問題や資金面、問題を抱える子どもたちへの対応ができるスタッフが常にいるわけではありません。そうした点で多くの人々がもっと学ぶ必要があり、私自身もついていくために勉強が必要だと感じています。これらの課題を総合的に解決しないと、子どもたちに十分なサービスを提供することは難しいです。しかし、他の方々の方法を学びながら、改善を続けていきたいと思います」と、課題に向かって努力し続ける必要を示唆しました。
こども家庭庁から幅広いアプローチができることも強みのひとつに
こども家庭庁の和田氏は「今回の初めに、現在野外教育の気運が高まっているという話がありましたが、『こども大綱』や『はじめの100か月の育ちビジョン』などを通じて遊びや体験が非常に重要なものとして位置付けられたことも、一つの契機として広く捉えていただければと思っています。こども家庭庁が設立されたことで、子どもに関する取り組みが本格化し、遊びや自然体験についても様々な省庁で取り組みが進められています。国として、幅広いアプローチができることは強みの一つですので、全国各地で努力されている民間団体の皆様を後押ししながら、野外教育などをしっかりと進めていければと感じました」とお話されました。
取材を終えて
養老孟司先生が登壇された基調講演では、人の評価と関係がないところで自分の好きなことを持つことが必要なお話と、何があっても普通でいられる人間になるというところに共感しました。両者はやはりつながっているように思いますし、子どもだけでなく大人にとっても生きていくうえで必要なことだと思います。また、シンポジウムでは「誰一人取り残さない」が持つ意味が貧困だけでなく、障がいや言葉、時間など多岐にわたることがあらためて浮き彫りになり、そのすべてを実現させるのは難しさを感じつつも、いろいろな方がそれぞれの方法で模索して進めていっていることにうれしくなりました。どんなゴールにも最初の一歩がないとたどりつかないので、登壇したみなさんの今後の活動に注目していきます(KAZ)
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