学校で過ごす毎日のなかで、ときには少し休みたくなることもあります。そんなとき、家庭のほかにも自分らしくいられる場所があると、子どもにとって心強いものです。小田急電鉄が運営するオルタナティブスクール「AOiスクール」も、そうした場所の一つです。ただ、こうした学びの場があること自体を知らない保護者も少なくありません。そこで9月22日(火・休)、貸切の特急ロマンスカーを1日限定の教室にした「走るAOiスクール」が開講しました。生徒や一般参加の親子など総勢92名が乗り込んだ車内に「未来へいこーよ」も同乗し、話を聞きました。
「走るAOiスクール」とは?
「走るAOiスクール」は、AOiスクールの学びを親子で体験してもらう企画です。車両は特急ロマンスカー・MSE(60000形)の4両編成で、善行駅から町田駅、小田原駅、海老名電車基地を巡りました。ねらいは、鉄道の「好き」をきっかけにAOiスクールを知ってもらうことです。
AOiスクールは、不登校を経験した当時運転士の社員2人が、社内の事業アイデア公募制度をきっかけに立ち上げました。小学2年生から高校3年生までが、善行教室とオンラインのコースで過ごしています。教室の様子は、以前の取材記事で詳しく紹介しています。

AOiスクール善行教室(提供:小田急電鉄株式会社)
普段は止まらない善行駅に、ロマンスカーが入ってきた
11時49分、善行駅のホームに青いロマンスカーがゆっくりと入ってきました。AOiスクールを運営する小田急電鉄 デジタル事業創造部の別所尭俊さんによると、10両編成のロマンスカーは善行駅には止まれないのですが、今回は4両編成にしたため止まれたそうです。

「今日の一番の目玉が、快速急行も止まらない善行駅にロマンスカーを止めることでした。特急が入ってきた瞬間の、生徒たちのわーっという盛り上がり。担当の運転士さんもミュージックホーンを鳴らしてくれて、やっぱり特急ロマンスカーは特別なんだなと思いました」
走り出した車内では、AOiスクールのライブセミナーコース(オンライン)で行っている「雑談LIVE」が始まりました。元運転士のスタッフの鷲田侑紀さんたちが、運転士時代の思い出を話したり、勤務中の食事はどうしていたのかといった寄せられた質問に答えたりしていきます。
生徒が考えた「小田急クイズ」に、大人も子どもも頭をひねった
13時過ぎからは「小田急クイズ大会」です。問題を考えたのは、AOiスクールの生徒たち。別所さんによると、生徒が出したアイデアをスタッフも一緒に考えて、形にしたそうです。
出題はA・B・Cの3択です。問題が書かれたボードが掲げられると、参加者は色分けされたカードを一斉に上げて答えます。

出題されたのは「出発信号機の下にある2つの表示灯は、何を運転士に伝えている?」や「信号扱者が行う業務で間違っているのは?」「車掌が行う業務で間違っているのは?」など、鉄道の現場で働く人の仕事をよく知っていないと答えられない問題ばかりです。大人も答えに迷う難問に正解する子どもたちも多くいて、電車好きの熱量の高さがうかがえます。正解発表のあとには生徒による解説もあり、車内はおおいに盛り上がりました。
画面越しの友達と、初めて同じ列車に
クイズのあと、AOiスクールに通う中学生に話を聞きました。オンラインのライブセミナーコースが試験的に始まったころから参加している生徒です。最初の印象を尋ねると「思ったより本格的で、子どもっぽい話じゃなくて、ちゃんとした鉄道の話でおもしろいなと思いました」と教えてくれました。

電車は、覚えている限りずっと好き。とくに乗るのが好きだといいます。今は週2回、オンラインのバーチャルキャンパスコースに参加しています。
この日いちばんうれしかったのは、オンラインでいつも話している友達と、初めて実際に会えたことでした。善行教室には通っていませんが、画面越しに善行コースの子たちとも仲良くなったそうです。オンラインでは旅行に行った話をしたり、一緒にゲームをしたりしています。
「善行コースの人と会えたり、普段できないことができたりするのが楽しい。ロマンスカーで車庫に行ったり、線路に行ったり」
鉄道の「好き」は、一人旅にも広がっています。時刻表を調べるところから全部自分でこなし、北近畿の福知山や城崎温泉まで出かけたこともあるそうです。
将来の夢を尋ねると「誰にも言ったことないけど、AOiスクールのスタッフになりたい」とのこと。鉄道の「好き」から出会った場所が、将来の夢にまでつながっていました。
学校と家庭のほかに、もう一つの居場所を探して
一般参加の親子にも話を聞きました。都内在住の小学1年生の男の子とお母さんです。
「学校もすごく楽しいけれど、ちょっと疲れちゃうときもあって、ちょこちょこ休んでお家で休養しているときもあるんです。でもお友達といるのはとっても好き。幼稚園のころから電車が好きで、趣味や興味が合うお友達といると、すごく楽しそうで生き生きしているんです」
学校や家庭に限らず、本人が自分らしくいられる楽しい場所がもう一つあったらいい。そう思って居場所を探していたとき、ご家族がネットで見つけて教えてくれたのがAOiスクールでした。鉄道のイベントはよく探していたものの、こうしたスクールがあることは知らなかったといいます。

男の子は、家でも鉄道模型を走らせたり、乗りたい電車から旅先を決めたりするほどの鉄道好きです。ロマンスカーにも何度も乗っていますが、この日の貸切ロマンスカーは「(いつも乗るロマンスカーとは)全然違っておもしろい」そうです。午前中の教室見学では、すぐに隣の子と話し始めて「一緒に遊ぼうよ」と盛り上がり、プラレールで遊んだといいます。
お母さんの心に響いたのは、教室の本格的なところでした。
「プラレールも、ただおもちゃのように遊ぶんじゃなくて、本当の駅みたいなものを作ったりしていて。本人はずっと運転手になりたいと言っているので、将来にもつながります。外に目を向けることも大事だと思っているので、電車を通じて広がっていくのがいいなと思いました」
通うかどうかは、本人の様子を見ながら考えていきたいとのこと。お母さんは「本当は学校に行けるのが一番なんだけど」と前置きしながらも「一つの選択肢として、本人もすごくワクワクしていたし、生き生きしていました」と話します。疲れやすい子なので、週1回・3時間から通えるのは無理がなく、魅力に感じたそうです。
「知らなかった」を減らしたい 元運転士が車内で語ったこと
車内では、別所さんがAOiスクールとこの日の企画について話してくれました。

左から別所尭俊さん、鷲田侑紀さん
AOiスクールを知ってもらうことにこだわるのには、理由があります。イベントに出展してAOiスクールのことを話すと「知らなかったです」と言われることがほとんど。話をするうちに興味を持ってもらい、実際にそれがきっかけで入学した生徒も何人もいるそうです。
「AOiスクールをただ運営していくだけでは、本当に求めてくださっている方と巡り合うのは難しいのかなと思っています」
貸切ロマンスカーには、外出の機会や社会との接点を作るきっかけにしたいという思いも込められています。生徒だけでなく一般の人にも来てもらい、楽しいことや好きなことから社会とつながれると伝えたいと話します。
AOiスクールが掲げているのは「I’m OK!You’re OK!」という考え方です。自分のことも認め、相手のことも認める。鉄道好きの子どもに集まってほしいと呼びかけているわけではなく「自分の好きなことは好きと言っていい。相手がそれを好きなら、それを認めてあげる」ことを大切にしています。言葉で教えるより先に、スタッフ自身がそれを体現しながら子どもたちの会話に入っていくそうです。
別所さん自身、中学1年生の6月ごろから約3年間、学校に通っていませんでした。
「先の見えないトンネルのような、言葉にしづらい感覚が、なんとなく見えるところはあるのかなと思っています」
子どもが言葉にしにくい不安を、大人になった今の自分が言葉にして、保護者との間に立って伝える。その経験を自分だけのものにせず、一緒に働くスタッフにも伝えてきたことで、同じことができる大人がたくさんいる状態を作れたと話します。
また、別所さんの上司の方は「沿線に学校以外の選択肢があることが、保護者の安心につながる」とも話していました。
「好き」が同じ相手とは、初めてでもすぐに打ち解けられる
取材陣は14時過ぎに秦野駅で列車を降り、ホームでロマンスカーの前に並ぶ運転士さん2人と記念撮影。参加者はこのあと、ギャラリー見学や海老名電車基地での運転台見学に向かいました。

AOiスクールの生徒と一般参加の親子が同じロマンスカーに乗車して、AOiスクールのよさを伝えるイベントでした。教室見学で隣の子と遊び始めた小学1年生も、画面越しの友達と初めて会えた中学生も、きっかけは鉄道という共通の「好き」です。同じ「好き」があれば、初めて会う相手ともすぐに打ち解けられることを、子どもたちの姿が見せてくれた1日でした。
AOiスクールのコースや体験の案内は、AOiスクール公式サイトで確認できます。
取材を終えて
ロマンスカーを貸切ることは、小田急電鉄ならではの特別な体験ですよね。生徒も一般参加の親子も、終始テンションが高くて、イベントとしてとても盛り上がっていました。とくに心に残ったのは、スタッフと子どもたちの間にある信頼関係です。別所さんや鷲田さんが子どもたちから家族のように慕われているのが、会話やちょっとしたやりとりでよく伝わってきました。AOiスクールは好きを突き詰められる場所というだけでなく「保護者とは違う気軽に話しかけられる大人がいる」ことで、子どもたちにとって第3の居場所ができているのだと感じます。クイズのように、子どもたち自身がイベントを作り上げていくことも、AOiスクールで学べる貴重な経験なのだと思います。(KAZ)
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