こども本の森 熊本はなぜ特別なのか

こども本の森 熊本はなぜ特別なのか─安藤忠雄氏が贈った図書館の”新しいカタチ”

熊本市の中心部に「こども本の森 熊本」という、まるで森の中で本と出会うような特別な図書館があります。世界的な建築家・安藤忠雄さんが設計・寄贈した、木のぬくもりに包まれた図書館。ここでは、子どもたちが寝そべって本を読んだり、声を出して絵本を楽しんだりと、一般的な図書館とはちょっと違う、本と出会う喜びを大切にする工夫が随所に散りばめられています。今回は館長の丸塚さん、司書の小田さん、広報担当の坂口さんに、お話を伺いました。

本との出会いを、子どもたちへ

熊本県立図書館の隣に建てられた、打ちっぱなしのコンクリートと木のぬくもりが調和した目を惹く建物。2024年4月に誕生した「こども本の森 熊本」は、建築家の安藤忠雄さんが設計し、未来を担う子どもたちに寄贈された図書館です。

子どもたちの豊かな感性や創造力を育むため、また、熊本地震からの復興を応援したいとの思いが込められて創設されました。

Photo by Shigeo Ogawa   
建物の象徴ともいえる曲線の外観。1階2階テラスでは庭園の緑を感じながら読書を楽しむことができる

館長の丸塚さんは、この図書館が作られた背景をこう語ります。

「安藤さんご自身は、小さい頃に読書環境に恵まれていなかったそうなんです。独学で建築学を勉強されて世界的に有名になった方なので、本との出会いをとても大切にされています。活字離れが進む現代ですが、本との出会いをきっかけに、子どもたちには世界に羽ばたいていってほしい。そんな願いが込められている場所です」

また、名誉館長は俳優の宮崎美子さんが務められています。

「感受性豊かな子どもたちが、本の森の中で、本を手にした時の重さ、紙のにおいや手触り、開いた時のワクワク感を体全体で感じてほしいなと思っています。本を読んで、空想したり、夢見たり、友達と出会ったり、そして、「新しい世界が始まるんだな」という感動を子どもたちが体験する場に、「こども本の森」がなってくれればいいなと思います。」―公式HPより

受付には宮崎美子名誉館長のおすすめの本も

「静かにしなさい」と言わない図書館

「こども本の森 熊本」の大きな特徴は、本の貸し出しを行っていないこと。1日4回90分~100分の入れ替え制で、各回50名までの定員制となっていて、ゆったりと過ごすことができます。

驚くのは、その自由さです。

子どもたちが、のびのびと楽しく本と親しんでもらうことが、この図書館の一番の目的です。子どもたちが寝そべって本を読んだり、階段を駆けあがったり、お父さんお母さんと話しながら絵本を読んだりするなど、他の方の迷惑にならない程度であれば、あまり注意はしないようにしています(丸塚館長)」

Photo by Shigeo Ogawa
高い位置にある本は、子どもたちの「あれ読みたい!」に応えられるよう、下の段にも同じ本が用意されている

ここで気になる本を見つけたら、隣に併設されている県立図書館で借りて帰るのもおすすめだそうです。

興味の世界が広がる本棚の工夫

そして、なんといっても印象的なのが、壁一面にずらりとならんだ本の表紙。まるで美術館を訪れたような、アート空間が広がっています。

司書の小田さんにお話をうかがいました。

「表紙を見せる『フェイスアウト(面出し)』の陳列を多くしています。そうすることで、文字が読めない子どもたちにも、表紙の絵を見て、『どんな本だろう?』『これ読んでみたい』と興味を持ってもらいやすいのです(司書・小田さん)」

本の配置にも工夫があるといいます。

「一般的な図書館にある”日本十進分類法(知識全体を10の大きなグループに分け、さらに細かく分類することで、資料が探しやすくなる分類法)”という分け方ではなく、『うごく』や『大地』『はじめて』など、10個のテーマに沿って分けています。テーマごとに、読み物、絵本、実用書など、一般的な図書館だとバラバラに置いてある本を一緒に並べているんです(司書・小田さん)」

たとえば、「大地」というテーマであれば、そこからさらに「地球」「石」「じめんのなか」といった、より詳しいカテゴリーに分かれています。自分の興味をどんどん広げ、深掘りできるようになっています。

また、「子どもを『子ども扱いしない』」という方針から、あえて少し難しい大人向けの本も混ぜて並べられているそう。

安藤忠雄さんのこだわりが詰まった空間

「こども本の森 熊本」の建物には、安藤忠雄さんのこだわりや、子どもたちへの思いがたくさん詰まっています。館内を広報の坂口さんが案内してくれました。

「物語の入口」からはじまる読書体験

建物の外観は、安藤建築らしい打ちっぱなしのコンクリート。すっきりとした佇まいの入口では、本の形をした羽ばたく蝶のロゴが迎えてくれます。足元には植栽が広がり、春にはロゴと同じ色のヤマブキの花が彩りを添えるそうです。

コンクリートの外観から一転、一歩足を踏み入れると、木の温もりに包まれた空間に。熊本県産のヒノキをふんだんに使った天井から、ふわりと香りが漂い、思わず深呼吸したくなります。

受付の壁には、館内をのぞき込むように切り取られた小窓があります。まるで鏡のようにも見えるこの窓は、中がどんな図書館なのか想像を掻き立てられるつくりなのだとか。

窓の先に見える1階のテラスへとつながるスロープは、緩やかな傾斜になっているのも安藤さんのこだわりのひとつ。子どもたちが自然と外へ向かって歩き出したくなる設計です。

テラス前のスペースには「大地」「うごく」というテーマの本が並び、自由に出入りできるテラスでは、庭園の緑を感じながら読書を楽しむことができます。

「見つけた!」秘密基地と隠された引き出し

受付を抜け、子どもたちが自然と引き寄せられるのが、大きな階段の下の空間。秘密基地のようなこのスペースは、天井が低くなっていますが、あえてそのままにしているそうです。

「子どもがたとえ頭をぶつけたとしても、身をもって『痛い』と感じることが、その子にとっての体験になる」という安藤さんの考えからだそう。

足元の段には引き出しが隠されていて、そこにも本が入っているという仕掛けがありました。子どもたちは、この引き出しを見つけると目を輝かせるといいます。

1階には、くまモンが迎えてくれる小さなお部屋も。天井を低く作ることで、集中できる「こもれる空間」になっています。

ここには「てがみ・おくりもの」に関連した本が並び、くまモンにおてがみを書いて送ることもできます。

2階に広がる、曲線美の世界

吹き抜けの階段スペースは、ロングセラーの本が天井まで並びます。階段の途中でも思わず本に目を奪われ、手に取り、座り込んで読みたくなるのです。

本棚途中のスペースには、子どもたちが思わず入りこみたくなる隠れ家のような場所も。

そして、2階にあがると、安藤建築の象徴とも言える曲線美の空間が広がっています。

2階にもテラスがあり、まるで森と調和したような開放感が味わえます。窓から見える景色は四季折々で色を変え、季節を感じながら読書を楽しめることでしょう。

2階には「はばたけ」「これまでこれから」といったテーマの本や、熊本にゆかりのある本がずらり。本棚には、熊本が舞台となったマンガ「夏目友人帳」から「猫」にまつわる本が並ぶなど、連想ゲームをするようにテーマが広がっていく遊び心も感じられます。

ほかにも、テラスの非常ドアには、あえて取っ手が残されています。これも、「ここは、なんだろう?」「開けてみたい」という、子どもの好奇心を大切にする安藤さんの考えだそうです。館内のあちらこちらにある窓は、子どもの目線の高さに設けられているなど、子ども目線に立った細やかなまなざしも印象的でした。

地域とつながり、本を好きになるきっかけを

「こども本の森 熊本」では、読み聞かせの会や、音楽会などのイベントも定期的に開催されています。

「イベントの目的は、『こども本の森』を好きになってもらって、本を好きになってもらうこと。楽しい空間であるということを実感していただくのが一番大きな目的です」と丸塚館長。

平日には、社会科見学や修学旅行、生活科の授業の一環として、学校からの訪問も多いそうです。

広報の坂口さんは、地域との連携にも力を入れています。

「当館がある出水地区には、たくさんの魅力的なお店があります。周辺の飲食店と本の森を巡るスタンプラリーを実施したり、『ひるもり』『よるもり』といって、館内のウッドデッキに飲食店を招いて、大人向けにもイベントをしています」

本の森をきっかけに地域のお店を知る人もいれば、飲食店のファンが本の森に足を運ぶこともあるそうです。

「小さなお子さんたちの世界は、大人が見せてくれる世界がすべてです。大人が本の森の存在を知らなければ、子どもたちが本の森へ行く術はありません。だから、まず大人に本の森を知ってもらって楽しんでもらう。大人が『また来たい』と感じる場所であれば、自然と子どもも連れてきたくなる場所になると思うんです(坂口さん)」

全国へ広がる「こども本の森」の輪

こども本の森は、熊本だけでなく、全国に広がっています。先行館として大阪府中之島、兵庫県神戸、岩手県遠野。後続館として、愛媛県松山。香川県には「こども図書館船 ほんのもり号」も誕生しました。今後も、国内やさらには世界にも広がっていく予定だそうです。

それぞれの地域に安藤さんが寄贈された施設として独立して運営されていますが、館同士のつながりも大切にされています。

「今後は全国の本の森をオンラインでつなぐイベントも計画しています。同じ『こども本の森』として、連携しながら、子どもたちにとってより良い場所をつくっていければと思っています(丸塚館長)」

全国のこども本の森を巡っているという方もいらっしゃるそうです。

「『子どもがいなくても来てもいいですか?』と聞かれることもあります。もちろん大人だけでも大歓迎です。建築が好きで訪れるという方もたくさんいらっしゃいます。住宅メーカーなど企業の視察として来られる方や、グッズを求めて足を運ぶ方もいらっしゃいますよ(丸塚館長)」

トラベラーズカンパニーがデザインされたというオリジナルグッズも人気

スタッフが感じる、この場所の魅力

スタッフのみなさんが生き生きと働かれているのも印象的でした。働くみなさんは、この場所をどう感じているのでしょうか。

今年4月に学校事務から異動してきた丸塚館長は、こうお話してくれました。

「図書館経験がまったくなかったので不安もありましたが、おはなし会イベントなどで直接お子さんの成長過程に関われることに、とても有意義だなと感じています。絵本の絵の力と文字の言葉の力をひしひしと感じられる、魔法のような空間だと思います(丸塚館長)」

司書の小田さんは、県立図書館や高校の図書館で長く働いてこられたそうです。

「中高生になると図書館は勉強の場所になってしまいがちで、本を純粋に楽しむということが少なくなっていると思います。でもここでは、子どもたちが生き生きと本を楽しむ姿が見られる。大人になっても『小さい頃ここで本を読んで楽しかったな』と思い出して、また足を運んでくれたらうれしいですね(小田さん)」

広報の坂口さんは、こんなエピソードを教えてくれました。

「おばあちゃん、お母さん、お子さんの3世代で訪れたご家族がいらしたんです。小さなお子さんが『この本読みたい』と言ったら、おばあさんが『この本、あなたも好きだったのよ』とお母さんに話されていて…。絵本を見ると、その当時の記憶を思い出すのかもしれません。世代を超えて、そんな機会を提供できるというのは、すごくやりがいを感じます(坂口さん)」

次の世代へ紡ぐ、本との出会い

取材を通して感じたのは、「こども本の森 熊本」が単に本を読む場所ではなく、子どもも大人も自然と本に親しみ、会話が生まれる“コミュニケーションのきっかけの場所”になっているということです。

私も以前、子どもとこの場所を訪れたことがあります。子どもと一緒の図書館では、「静かにしなきゃ」「騒いだらいけない」と少し緊張するところもあるのですが、ここでは子どもよりも先に、自分自身が思わず夢中になって本を開いていました。子どもたちも自由に本を手に取り、ページをめくり、それぞれの楽しみ方で一緒に会話を楽しめたのが印象に残っています。慌ただしい日常から少し離れて、リラックスした空間で本に触れる時間は、想像の世界に入りこんだようでした。

本との出会いが、新しい世界への入口になる。スタッフのみなさんがおっしゃっていたように、「楽しい」と感じることが、本を好きになるきっかけになると思います。そんな体験を気軽に楽しめる場所として、「こども本の森 熊本」はこれからも多くの人に愛されていくのではないでしょうか。

こども本の森 熊本 

所在地:熊本県熊本市中央区出水2丁目5-1
開館時間:午前9時30分~午後5時
休館日:毎週火曜日、毎月最終金曜日、特別整理期間、年末年始
入館:1日4回の入れ替え制(各回定員50名:事前予約枠30名、予約なし枠20名)
入館料:無料
公式サイト:https://kodomohonnomori.kumamoto.jp/

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2人の子育てに奮闘中。レコード会社、タイ古式マッサージセラピスト、PR代理店勤務と様々な業種を経験する。子どもとのおでかけや旅行を楽しみに日々過ごしている。子どもから「ママの特技は怒ること」と言われ、反省することも多々…。

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