「△△のように生きなさい」元ショートトラックスピードスケート日本代表・勅使川原郁恵さんを育んだ父の言葉

スケートが辛いと感じたことが一度もない

勅使河原郁恵さん

未来:毎日の練習が苦になったことは全然ないんですか?

全然ないです。自分がスケートを始めて、引退するまで1回もないですよ。

未来:タイムが伸びないとか壁にぶち当たったりとかすることは?

もちろんありましたが、それでも嫌いになったことはないです。とにかくスケートが好きで。「滑ることが好き」というのもあるんですけど、氷の匂いとかスケート場がとにかく好きなんです。1週間のうちで1日、休みを取ることにしていたんですけど「でも行きたい!」と言って、親が止めても行きたいと言うくらい行きたくて、こっそり電車で行ってしまうぐらい好きだったんです(笑)。

未来:リンクでは他の人も滑っているんですか?

はい。一般滑走の時間もありますし、浅田真央ちゃんと一緒にずっと滑っていた時期もありました。岐阜県の隣の愛知県はフィギュアスケートで五輪に出場する選手がすごく多くて、例えば(浅田)真央ちゃんとか安藤(美樹)さんとかは愛知県出身なんです。私は岐阜県から愛知県のスケート場まで通っていたときもあったのですが、高校からはスケート場が近い愛知県に引っ越して、その時同じスケートリンクで滑っていました。

朝一番に私が滑っていると、真央ちゃんがお姉ちゃんとお母さんときて、お互い動きをじっと見ていると、相手の動きがわかるんです。「ここで真央ちゃんがジャンプするから、今の瞬間真央ちゃんの滑るラインの向こう側に渡ろう」というのを2人で通じ合いながらやっていたのも楽しかったですね。

未来:スケートでは相手の気持ちを察したりすることも大事なのでしょうか?

そういうところはありますね。スピードスケートの選手は自分との闘いですけど、ショートトラックでは4人や5人で滑り、駆け引きなどもありますから、周りをよく見て、判断することが大事な競技です。

未来:小さいころにカップルの間を抜いていたことが、じつは競技にも役立っているんですね(笑)。

そうなんです。あれで得意になったのかもしれないですね。

「郁恵は雑草になれ」

未来:競技生活の中で、一番苦しかったことを強いてあげるとすれば?

怪我をしたことと、体の筋肉をつけすぎてしまい、思うように体が動かず、ずっと総合優勝をしていた大会で3位になってしまったときには悔しい思いをしました。でもすぐに「どうすれば、また戻せるか、強くなれるか」ということを考えていました。苦しいこともあるんですけど、すぐに切り替えられるのが私の強みなんです。

未来:苦しいことがあってもすぐに切り替えられるようになったのは、何かきっかけがあるんでしょうか?

父に「郁恵は雑草だ」って言われたことがあって。「なんで雑草なの?」って聞いたら「きれいな花は折られたり踏まれたりすると枯れてしまうけど、雑草はどんなに踏まれても生きていられるじゃないか。郁恵もそんなふうに生きなさい」と言われて、すごいインパクトがあったんですよ。だから、何か嫌なことがあっても、雑草のようにがんばろうと思う気持ちがあるんですね。レースで1位になっても天狗にならないで「もっとがんばろう」とか「みんなのためにがんばろう」「ショートトラック界のためにがんばろう」と思い続けることができて。

未来:アスリートとして生きていくうちには多少の失敗や挫折はつきものですから、お父さんはそれに負けないように強く生きてほしかったんだと思います。素敵なお父さんですね。

本当に娘のことをすごく理解してくれて、言葉に出さなくても感じ取って、いつも的確なアドバイスを一言でポンってしてくれるんですよ。一人で悩んでいてもわかってくれて、それがすごいっていうか。嬉しいというか。安心はありましたね。

それと、父に「挑戦しなさい」というアドバイスと一緒によく言われたのが、「すべて自分にとっての挑戦」という言葉です。人のことは気にしない、ライバルは他人ではなくて、自分だよって言う意味です。なので、あまり人と比較することがなかったです。人と比較しないと妬みもないですよ。あの子は嫌だという気持ちもまったくなくて、幸せでいられると思います。姉妹同士で比べることや比べられることもなくて、それぞれ「自分の好きなことをちゃんとしなさい。挑戦しなさい」と。

未来:きょうだいがいると、親はつい比べてしまったりするので、これは簡単に言い切れることじゃないですよね。

本当に自由にさせてくれましたね。見守ったり応援はしてくれるけど、束縛はひとつもなかったです。

未来:お母さんはどんなことをされていたのでしょうか?

母親は本当によくサポートしてくれました。とにかく食事をバランスよく揃えてくれて、時間通りに送り迎えしてくれたり、一日のなかで無駄な時間ができないように生活や行動面でサポートしてくれました。親も自分の仕事もあって、すごく疲れていると思うんですけれども、すぐに迎えに来てくれて岐阜から名古屋まで一時間半くらいまでの距離を「疲れた」とも言わず、文句もいわずに遅い練習を最後まで付き合ってくれていたんです。

そんなふうに育ててもらったので、これは私の個人的な意見ですけど「子どもの習い事には、なるべく親もつきあってほしい」と考えています。子どもに習い事に行かせて、自分は見ていないと、いざ習い事で何か意見を言ったときに子どもは「いつも見てないじゃん!」って思ってしまいますよね。私が代表を務めている「一般社団法人ナチュラルボディバランス協会(なちゅぼ)」のイベントでは、大人と子どもが一緒に運動したり、取り組んだりできるようにしています。

未来:親が一緒に遊んでくれるとか習い事に行ってくれるというのは、子どもにとってすごく応援される気持ちになりますよね。

世界に出て自分の視野が広がった

勅使河原郁恵さん

未来:五輪に出場するというのは、どういう感覚なのでしょうか?

競技によって違うかもしれないですけど、私がやっていた競技では、やっぱり五輪が最高の舞台なんですよね。例えば、五輪で戦うメンバーと世界選手権の戦うメンバーって同じといえば同じなんです。でも、五輪というのは、世界中からメディアが一気に集中するので注目度が全然違います。

「自分が滑ってる姿を世界中で見てくれている」って思うと、会場に入っただけでもう感動してしまって。レースをしてるときは、競技に集中するために感動する気持ちは抑えているんですけど、競技が終わってスケート場から出る瞬間に泣けてきました。「本当にこんな素晴らしいところで自分が戦えたんだ。会場の人たちも、こんなに応援してくれたんだ」って。負けて悔しいとかではなくて、この場を離れたくないのと、感謝の気持ちがこみ上げてくる涙で最高の舞台でした。

未来:五輪を含めた競技人生の中で、一番の財産は?

「世界は広いな」って感じることができたことです。ありがたいことに世界を転々としていた経験もあるので、いろんな国の選手が集まる大会に出ると、いろんな考えをそこで知ることができるので、自分自身の視野が広がるんですね。日本だけで戦っているときの自分は、本当に小さい存在だったな…と。やっぱり世界を見るっていうのは、すごく大事だなと感じています。

未来:具体的にはどういうところで視野が広がったのでしょう?

その国の人たちと話せるから、国の情勢や歴史、政治が学べます。例えば中国や韓国などでは情勢の変化は選手たちに大きな影響がありますから。

未来:確かに情勢によっては参加できなくなることもありますよね。

そのほかにも「イスラム教ではこうですよ」など宗教の違いもスポーツをしながら学ぶことができて。私は学校の勉強も大事でがんばっていましたが、海外の選手と直に触れ合ったことで学校の勉強だけじゃない「学び」がたくさんあって、それが今の活動にもつながっているのかなと感じています。

未来:ほかの国の選手と話すときに使う言葉は英語ですか?

英語がほとんどですね。どの国の人も、英語でしゃべります。お互いカタコトなんですけど、逆にカタコトだからつながるんです(笑)。

また、英語圏のアメリカやカナダの選手は、こちらが英語を話せなくても温かい目で見て一生懸命聞いてくれるんですよね。単語を拾って「この子は何が言いたいのか?」というのを読み取ってくれたのも、相手のやさしさを感じました。そういう人たちと会えるからこそ、日本に帰ってきてもがんばろうと思えましたね。

未来:共通のスポーツをやっていく者同士で、互いに思いやりをもってコミュニケーションをとった経験って宝物ですよね。

五輪に出るような人は、小さいころから練習をしているのだろうと予想はしていましたが、勅使川原さんは常人では1日だって持ちそうにない厳しい練習も楽しくこなせるくらい強い「好き」を持っている方でした。きっと幼いころに消防士のお父さんと一緒に遊んでいた経験が、そのまま基礎体力の向上につながってタフな練習も楽しめる境地にたどりつけたのでしょう。「なんでも挑戦しなさい」という姿勢や、それをしっかりサポートするところは親としても見習いたいです。後編では、スケート選手引退後や現在の活動についてお話をお伺いします。

「子どもたちの『好き』が見つかる場所」を作るためのクラウドファンディングも実施中(2021年12月25日まで)

一般社団法人ナチュラルボディバランス協会

勅使川原郁恵さんが代表理事を務める「一般社団法人ナチュラルボディバランス協会」では、2021年11月18日現在、0〜7歳の乳幼児たちとその親・保護者に向けて、愛着形成をより深める機会の提供と、心と身体、感性を健やかに育むためのアプローチを行う活動の場「星のあそびば」を広めるためのクラウドファンディングを実施中。リターンには「星のあそびば参加券」や「なちゅぼおすすめ食材」「勅使川原氏プロデュースタオル」などが用意されています。記事を読んで「なちゅぼ」の活動に興味を持った方はぜひご覧ください。
プロジェクト(支援受付)サイト

一般社団法人ナチュラルボディバランス協会
公式プロフィール(マネジメントサイト スポーツビズ)

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6歳の息子と2歳下の妻と暮らすパパで、息子が成長していくにつれて「育児が最高におもしろい!」と気づいて、某ゲーム雑誌編集部からアクトインディに入社。発達がゆっくりな息子と向き合いながら、毎日笑いの絶えない生活を送る。子育て以外ではゲームとお酒が好き。息子の影響で鉄道にも詳しくなった。

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