将棋で礼儀と忍耐力を身につけよう!

今、全国的に静かな将棋ブームが起きています。ブームの背景には、ただ単にゲームを楽しむだけでなく、将棋を子どもの教育に活かそうという動きがあるようです。そこで、現役の小学校教諭であり、日本将棋連盟学校教育アドバイザーの安次嶺隆幸さんに、将棋がどのように子どもの教育に役立つのか、お話を聞きました。

将棋の「3つの礼」は「お願いします」「負けました」「ありがとうございました」

「頭脳の最強格闘技」「盤上の戦争」などとも言われる将棋ですが、「勝負すること、勝つこと以前に、将棋の本質にはもっと大切なことがある」と安次嶺さん。

「それは『3つの礼』です。将棋は両者が『お願いします』とお辞儀をして始め、投了したところで負けた方が『負けました』と頭を下げます。そして『ありがとうございました』と両者がお辞儀をして一局が終了します。世界を見渡してみても、勝者が雄たけびをあげる競技やゲームは多々あれど、敗者が自ら『負けました』と宣言して終了するゲームはそう多くはありません。」

「負けたら悔しいのは当たり前。大人でも自ら敗北を認め『負けました』というのは難しいですよね。しかしそんな悔しい気持ちを折りたたんで、涙をぐっとこらえて『負けました』と能動的に言うことは、『弱い自分に打ち克ったぞ』という宣言にもなるのです。私はある意味、勝った子より負けた子のほうが精神的に上に行かないとこの言葉は言えないのではないかと思っています。」

また目の前にいる相手とじっと向き合って行うゲームだからこそ、勝った子も負けた子の悔しい気持ちがよく分かり、相手を思いやる心が育まれるのだそうです。

勝敗を超越した将棋の精神「感想戦」とは

将棋では「負けました」という宣言を受けた後、「感想戦」というものが行われます。感想戦とは勝者と敗者が一緒になって「負けた理由」をビデオテープを巻き戻すかのように検討するものです。

「対局後の感想戦では『こうなっていたら私が負けていました』『いやいや、ここでこう指したのが…』という具合に、負けた者は悔しい気持ちに打ち克ち、また勝った者はうれしい気持ちを折りたたんで相手の気持ちを察しながら共に敗因を探っていきます。そこにはもはや勝者も敗者もないのです。」

「他の競技、例えば野球でピッチャーとバッターが試合後に話し合うなどありえないことですよね。つまり将棋とは、対局者が二人してそれぞれの力を出し切って最善手を模索し合うゲームであり、その本当の目的は相手に勝つことではなく『自分の心に克つこと』と言えます。そうした精神をはっきりと形にしたものが、感想戦なのです。」

対局では予め持ち時間が定められていますが、感想戦には時間制限はなく、敗者が納得して「ありがとうございました」と言ってはじめて終了します。精も根も使い果たしたかのように思えるプロの世界の対局後も、もちろん感想戦は行われ、ときにそれは深夜にまで及ぶこともあるそう。

「将棋のすばらしいところは、そんな感想戦をプロ棋士だけでなく、子どもたちなりに体験することができること。『負けました』と毅然と言えた子どもは、すでに悔しい気持ちに折り合いがついているので、感想戦に入るとすぐに相手の感想を聞くことができます。そうした姿勢は次へのステップにつながります。」

失敗すること、負けることには意味があり、その意味は自分で見出していけばよい。

将棋をやっている子どもは、感想戦からそうした人生哲学を学ぶことができるのだそうです。

「リセットボタンの弊害」と対極にあるのが将棋

「私は学校現場でキレやすい子、我慢できない子が増えていくのを感じていました。そしてそれはテレビゲームなどで負けそうになったら、
すぐにリセットボタンを押しさえすればまた始めからやり直せる『リセットボタンの弊害』なのではないかと思いあたったのです。」

「そのようなテレビゲーム全盛の現代で、子供たちが無言で向き合い、じっと考えるという経験をする機会は、そう多くはありません。そこで将棋です。将棋というのは、人と人とが対峙し、盤面をはさんで思考の対話をするゲームです。子どもたちは将棋を指すという実体験を通して、先ほど述べた礼儀作法、弱い自分に打ち克つ力、相手の気持ちを察する力に加えて、集中力、ひとつのことを考え抜く力、我慢する力などを自然に身につけることができるのです。」

最近では、オンラインゲームなどで将棋をすることも可能ですが、「オンラインゲームで将棋への興味関心を得た子どもには、ぜひ実際に人と人とが対峙して将棋を指す機会を与えて欲しい」と安次嶺さん。そうすることで子どもに大きな精神的成長を促すことができるそうです。

これから子どもに将棋を始めさせたいお父さんお母さんへ

●まずは簡単な遊びから。幼児向けには「どうぶつしょうぎ」も

「将棋は、遊びから入るといいと思います。昔はそれこそ将棋盤と駒がどの家庭にもありました。縁台将棋の風景は今ではあまり見かけませんが、生活の中に将棋があった時代のように、将棋駒を並べて遊んだり、遊びの中から駒に触れるといいと思います。」

「最近では『どうぶつしょうぎ』『ゴロゴロしょうぎ』など将棋の入門用に簡単なルールのものが増えてきました。これらは幼稚園児であれば30分もしないうちに指すことができるようになると思います。このような遊びを通して興味関心が芽生えた所で、本来の将棋を始めてみてはいかがでしょうか。」

●将棋盤を用意して、本格的な将棋を始めてみよう!

遊びからなんとなく将棋のやり方がつかめたら、本格的な将棋盤を使ってみましょう。

将棋盤はやはり木の駒と盤がお勧めです。盤の上に駒を指したときのピシッという響きが大切なのです。無言の空気(わたしはこのことを『空気のドーナツ』と呼んで教室の授業の中でも子ども達にこれを大切にするように指導しています。)の中で響く、木と木の指し手のピシッという音。これが相手と自分との無言の会話なのです。気持ちが引き締まり、周囲がこの空気に染まっていく。そういう雰囲気を感じてもらいたいのです。」

●まずは親子で対局しながら、ルールを覚えていきましょう

「お父さんやおじいちゃんが子や孫に将棋を教えて一緒に指す、ということも多いと思うのですが、駒落ち将棋(上位者の駒を減らして行うハンデ戦)をすれば、力量に差があってもぎりぎりの勝負が演じられて面白いです。この場合も、指導者(大人)は、必ず感想戦をして一緒に振り返ることが必要だと思います。『こうしていれば勝ちだったよ』とアドバイスしてあげることで次の対局への学びがあるのです。そして、負けと勝ちとをうまく織り交ぜながら導くことも子どもが伸びるコツです。」

●将棋を覚えたら初心者対象の大会に参加してみよう

「全国でさまざまな将棋教室やイベント、大会が行われています。是非、将棋のルールを覚えて指せるようになったら初心者対象の大会に参加してみましょう。将棋仲間との出会い、新しい学びなどが得られ、自宅での将棋にも変化が生じることでしょう。こうして
将棋の世界を広げていくことが長く続けるていく秘訣だと思います。」

みなさんのご家庭でも、親子が将棋盤をはさんで対峙するひと時を持ってみてはいかがでしょうか。

お話を聞いたのは…
安次嶺 隆幸(あじみねたかゆき)さん
私立暁星小学校教諭、公益財団法人日本将棋連盟学校教育アドバイザー、私学教育研究会(あいすの会)主宰、将棋ペンクラブ会員。中学1年生で、第1回中学生名人戦出場。その後、プロの剣持八段の門下生として弟子入り、中高と奨励会を受験するもかなわず教師の道を志す。現在は、暁星小学校教諭。教職31年目。将棋クラブで子ども達を指導しているほか、日本将棋連盟学校教育アドバイザーとして各地で教育講演や「子ども将棋教室」をボランティアで開催。将棋の教育的意義を提唱し、『子どもが激変する将棋メソッド』(明治図書)など著作も多数。
日本将棋連盟

ライター紹介
青柳 直子
ライター暦16年。神戸生まれ・育ち・在住のアラフォー世代。芸能・インタビュー、舞台・コンサートレポをメインに、子育て関連、街取材まで“守備範囲を広く”がモットー。小学1年生の長男、1歳の長女、ヨーゼフ(ハイジの犬)似の夫+猫2匹と、毎日てんやわんやな暮らしぶり。娘が歩けるようになったのを機に、家族キャンプ再デビューを計画中。

※2015年6月にいこーよで公開された記事の再掲です。

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