子どもの身長を聞かれて、すぐに答えられる大人は意外と少ないかもしれません。学校で年に1回測るくらいでは、日々の伸びはなかなか見えにくいものです。その身長を親子の会話のきっかけに変えようとしているのが、アーティストで一般社団法人コミュニケーションアート協会理事長の田村秀和さんです。大阪・天王寺動物園の入口「新世界ゲート」の柱には、田村さんが園の動物10種類を描いた身長計が並んでいます。身長計の前で生まれている会話や家庭での取り入れ方を、仕掛けに込めた思いとあわせて伺いました。
田村秀和(たむら・ひでかず)さん 一般社団法人コミュニケーションアート協会 理事長/イラストレーター
1983年神戸生まれ。神戸デザイナー学院在学中の2003年からアーティスト活動を始める。企業デザイナー・商業イラストレーターとして「タムラヒデカズ!」の名で活動しながら、専門学校などで講師も務める。日本イラストレーター協会会員。イラストレーター・オブ・ザ・イヤー最優秀広告イラスト賞、兵庫県展伊藤文化財団賞など受賞多数。
10種類の動物と背比べできる、動物園の入口
天王寺動物園の入口のひとつ「新世界ゲート」には、建物に沿って柱が並んでいます。その柱を使って田村さんが描いたのが「アニマル身長計」です。描かれているのは、ホンドキツネ・チンパンジー・ホッキョクグマ・チリーフラミンゴ・アムールトラ・ライオン・シセンレッサーパンダ・カバ・キリン・ヒツジの10種類で、どれも園で会える動物たちです。
なぜ柱だったのかを尋ねると、田村さんはこの入口が「大好き」なのだと話します。
「柱がずらっと並んでいるのを見て、これをうまく使えないかなと思ったのが始まりです。動物園によって、いる動物は少しずつ違いますよね。入口で『ここにはこの動物がいるんだ』とわかったら、それだけでもおもしろいと思うんです」

デザインで工夫したのは、動物の輪郭線をなるべく描かないことでした。
「僕が思うキリンと、ほかの人が思うキリンは違うと思うんです。だから見た人それぞれが、自分のイメージを重ねられるようにしています」
輪郭をくっきりさせないぶん、イラストはやわらかく、見る人によって表情が変わって見えます。

「あのとき、こうだったね」写真が会話を連れてくる
田村さんはコロナ禍以降、神戸を中心に、身長計を使った企画を全国で約20回手がけてきました。実際にどんな会話が生まれているのかを聞くと、いくつもの場面を挙げてくれました。
そのひとつが、孫と一緒に写真を撮る機会がなかなかなかったというおじいちゃんです。身長計の前で孫と並んで写真を撮り、とても喜んでいたといいます。毎年同じ場所で測っていく家族もいて、顔なじみになって「また会いましたね」と声をかけ合うこともあるそうです。
写真を撮ることも、はじめから仕掛けに組み込んでいました。
「撮った写真をあとで見返すことが、会話のきっかけになると思ったんです。見返して『あのとき、こうだったね』と話してくれる人がいて、そこがおもしろかったですね」

大人どうしの発見もあります。夫婦でもお互いの身長を把握していない人が多く、身長計の前で初めて知ったという反応がたくさんあったそうです。お父さんの身長を知ってから、街なかの物を「お父さんより高い」「低い」と見比べるようになった家族もいるといいます。
場所によって生まれる会話が変わるのも、田村さんがおもしろいと感じている点です。地域に合わせて仕掛けも変えていて、滋賀県では垂直跳びと組み合わせたところ、子どもたちが体ごと身長計にぶつかってきて大盛り上がり。外国から訪れる人が多いホテルでは、ふせんを貼れるようにしたり、人気マンガのキャラクターの身長も入れて背比べを楽しめる工夫もしたそうです。
大阪・心斎橋には、ビルの外壁が高さ15mの身長計になった「おおきにハカルンルンビル」(2023年完成)もあります。これも田村さんのデザインです。見上げた人からは「2階は何メートルだった?」「電柱は?」「カラスは?」と、また別の会話が生まれているそうです。今後はまちごとの高さの記録のようなものを作ったり、海外でも身長計を手がけたりしたいと話します。
母との毎日の会話が、壁にぶつかったときの支えに
田村さんが身長計を作るようになった背景には、自身の子ども時代があります。小学生のころに父を亡くしたとき、担任の先生からかけられた「幸せは貯金できる」という言葉が、活動の原点になっています。
田村さんはこう話します。
「いじめられる要因はたくさんあったと思うんですけど、不思議といじめられずにここまで来られました。なぜだろうと考えると、確実に母の影響なんです」
学校から帰ると、母は毎日のようにその日の出来事を尋ねてくれたといいます。田村さんは、母と話すことで心にたまっていくものを「幸せ貯金」と呼んでいます。大人になって壁にぶつかっても自分を保てたのは、その貯金があったからだと感じているのです。
田村さんはイラストレーターとして活動しながら、専門学校で長く講師も務めてきました。コロナ禍のあとは、気持ちが揺らいで進む方向を見失ってしまう学生が増えたと感じているそうです。その理由を考えていくと、たどり着くのはいつも家庭での対話の少なさでした。
「親子の会話は、本当に軽く見ちゃいけないと思っています。家で対話がある学生が道をそれていくのは、あまり見たことがないんです」
コロナ禍をきっかけに働き方が変わり、忙しい保護者も増えました。食事の時間でさえ、それぞれがスマートフォンを見ていることもあります。そこで田村さんは、家庭で自然に会話が生まれるきっかけを作ろうと考えました。
誰でも持っていて、会話の題材になるものは何か。思いついたのは、命・名前・身長・体重など。名前や体重はプライバシーにかかわるため、選んだのが身長でした。各地でアンケートを取ってみると、子どもの身長をすぐに答えられる人は多くなかったそうです。学校で測るのは年に1回ほどで、その間にも子どもはどんどん伸びていきます。
一方で、テーマパークの乗り物には身長制限があるため、背が届いたら行こうと話す家族も多いといいます。身長には、家族の会話の種になる力がある。田村さんはそう確信しました。個人の活動では説得力に限りがあると考えた田村さんは、一般社団法人コミュニケーションアート協会を立ち上げ、親子のコミュニケーションを増やす取り組みを続けています。
年に1回ではもったいない。家では「記憶より記録に」
天王寺動物園に気軽に行けない家庭でも、取り入れられることはあるのでしょうか? 尋ねると、田村さんがまず挙げたのは測る回数でした。
「成長を楽しむのが年に1回なのは、もったいないと思うんです。メジャーがあれば、家でもこまめに測れます。子どもはびっくりするくらい大きくなるので『伸びたね』で終わらせずに記録に残してほしいですね」
田村さんが大切にしているのが「記憶に残すのではなく、記録に残そう」という考え方です。家族みんなで一斉に測ったり、スマートフォンで記録してグラフにしたりすれば、月ごとの伸びも目に見えてわかります。
記録を残す意味は、もうひとつあります。
「自分との比較って、結構ハッピーになれると思うんです。そういうことをやれば、もう少し明るい子どもたちが増えるんじゃないかなと」
田村さん自身、若いころは「絵がうまい」と思い込んでこの道に進みました。根拠のない自信が、好きなことを続ける力になっていたのです。ところが今の若い人は、SNSで自分より上手な人をすぐに目にしてしまいます。
「人と比べてしまうと、根拠のない自信は持ちにくい。だからこそ、自分と比べるきっかけを作れたらと思っています」
去年の自分より、今の自分のほうが大きい。身長の記録は、子どもが自分の成長に自分で気づける、いちばん身近な物差しなのかもしれません。
ご飯のときだけでも、家族で話す時間を
最後に、子育て中の保護者へのメッセージを聞きました。
「家で子どもとお話ししてください、と伝えたいですね。スマホばかり見てしまいがちなので、ご飯のときだけでもいいから家族でお話ししてほしい。テレビを見ながらでもいいんです」
もうひとつ田村さんが伝えたいのは、子どもの身長にもっと関心を持ってほしいということです。身長が10cm単位で伸びていくのは、小学生のころならでは。
「今120cmなのか130cmなのか、わかっている方は少ないと思うんです。その成長をそのまま流してしまうのは、すごくもったいないと思います」
測った数字を記録に残し、ときどき見返して家族で話す。その積み重ねが、田村さんの言う「幸せ貯金」になっていくのかもしれません。
取材を終えて
1923年に発表された童謡「背くらべ」(作詞・海野厚、作曲・中山晋平)のように柱にキズをつけて背を比べるのは、今の住宅事情を考えると難しいですよね。とはいえ、言われてみれば確かに「身長を測る」、それもこまめに測ると成長を実感しやすくなります。天王寺動物園には僕も行ったことがありますが、かわいい動物のキャラクターと背比べをしながら毎年通うのは、とても素敵な試みです。気軽に行けない人も、いつも行く場所で「ここで写真を撮る」と決めておくと、疑似的に背比べができると思います。田村さんのお話をきっかけに、家族で身長を測る習慣作りをしたり、ご飯を食べながら会話する大切さを感じていただけたりしたらうれしいです。各地でアートと融合した身長計を作る田村さんは「家族との会話をつくる人」でもあると思いました。(KAZ)
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