職人をしながらピザ屋でバイトを
未来:職人の修行のように「目で見て覚える」というのは「一人前の職人になる」「独立する」という覚悟に似た強い思いがないと、なかなか体得できないものなのでは?
そうですね。同世代と仕事の意識の違いを感じたのは、23歳くらいのときに職人の仕事と並行してピザ屋のバイトをやっていたときです。現役の大学生がアルバイトで入ったのですが、なかなか仕事の優先順位が身につかなくて驚きました。
「ピザを配達する」「電話を受ける」「掃除をする」という仕事があって、優先度は左から順に高くなるのですが、掃除をしていると電話に出なかったり、ピザを配達するときは一刻も早く届けなきゃいけないのに電話に出ちゃったり。状況判断や優先度付けが全然できていなかったです。当時は「大学は遊ぶもの」みたいにとらえていた人がまだ多かったというのもありますけど……。
未来:職人として社会人経験を積んでいると、仕事に対する考え方や感覚も大学生とは違うかもしれませんね…。そういえば、職人をやりながらピザ屋のバイトをしたのはなぜですか?
バイトというより半分「遊びと気分転換」の感覚でやっていました(笑)。職人の仕事は個人でずっと作業をしているので、人とコミュニケーションする機会が少ないんです。誰かと会って話したり、同世代の友だちが欲しかったこともあって、仕事が終わったあとでも働けるピザ屋がいいなと。
未来:なるほど、確かに気分転換になることでお金が稼げれば言うことなしですが、すごいバイタリティです!
当時はバイト代を趣味のクルマに全部使っていて、バイトが終わってから深夜の箱根で走って、明け方に帰って少し仮眠を取ってまた仕事に行くということを30歳くらいまで約7年間やっていました。おかげで朝、会社によく遅刻してたんですけど、体力はとてもあったので楽しかったです(笑)。
効率が悪い「手磨き」にこだわる理由
未来:バイト時代や走り屋としてのお話もおもしろいですが、本業の江戸切子職人の話に戻しましょう。江戸切子ってどうしても値段が高い印象があるのですが、その理由はどこにありますか?
江戸切子は底が厚いガラスに機械で削りながら模様をつけていくのですが、まずこの方法で模様をつけるのが難しいです。
未来:確かに、僕も以前体験させていただきましたが、とくに側面をまっすぐに削るのが難しかったです。

スタッフが体験した江戸切子。縦の線が斜めになっているが、本人は「まっすぐに」線を入れたつもりだったが、明らかに線が曲がってしまっている。
初心者の体験ではそれも「味」といえるところなんですけど、職人の仕事としては手作業で寸分たがわぬものを作らないと「商品」にはならないんです。実際の商品は、その模様を複雑に組み合わせて作っています。まず技術の習得に時間がかかり、実際に商品にするまでも時間がかかります。加えて道具や機械もお金がかかっていますし、素材のガラスも値段が高いものであることがあります。それが合わさった価格になっているんです。

清秀さんの商品は、きらびやかな輝きが特徴のソーダガラスを使っている。江戸切子の中では「黒いガラス」はまだあまり使われてなく、清秀さんの看板商品となっている。
未来:実際に体験してみると「その領域に行きつくまでの遠さと乗り越える壁の高さ」が見えてきますね。そういう意味で、子どもや大人が江戸切子を体験してみるのは、物の価値がわかるいいきっかけになりそうです。
あと、僕の作品の場合は、すべて「手磨き」をしているというのもあります。「手磨き」とは江戸切子の模様をつけた場所を透明にするために、自分の手で機械を使いながら磨くことです。昔はこの技法を使っていたのですが、今は薬品につけて磨く「酸磨き」が主流で、専門の職人さんに外注しているところが多いです。
未来:手間がかかるのに「手磨き」をする理由は?
僕は独立するまで働いた15年のうち、7年は「手磨き」をやっていました。職人としてそれだけの期間、注ぎ込んだものを捨てたくなかったというのが本音ですが、長い時間をかけて習得した技術だけにこだわりがあります。
未来:それだけ長い期間やったということは、江戸切子職人にとっても手磨きは大事な「技術」ということのようにも思えます。

手磨きする前とあとでは、見栄えが大きく異なる(YouTubeより)
お客様に「自分が作った商品を買っていただく」ということを考えたとき、ほかの人にひとつの工程をお願いしてしまったものは、果たして「最後まで自分が作ったものか?」と疑問に思うんです。自分の看板を出して商売をしている以上は、やはり僕は手磨きにこだわりたいと思っています。
江戸切子を普段使いしてほしい
未来:清秀さんは公式ホームページなどで「江戸切子を普段使いしてほしい」とよく言っていますね。普通に考えるとグラスで8000円以上するものなので、特別なときに使いたいと思いそうなのですが…。
江戸切子の職人が作ったグラスはお客様に「これってもはや芸術ですよね」と褒め言葉としていわれることがあるんですが、僕は職人と芸術家は作るものが違うと思っていて。江戸切子を芸術作品に高めようと作品を作る人はいますけど、僕が作るのはあくまで職人として。芸術作品だったらやはり観賞用に置いておくべきですが、職人が作るものは「実際に使ってもらうために作った」ので、そうしていただきたいなと。

店内に飲み物が美味しく飲めそうな江戸切子のグラスがずらり。実際に使用しやすいサイズのものが並んでいる。
やはり江戸切子のグラスでお茶やお酒を飲むと、いつもより美味しく感じるんです。例えば500円のお酒を江戸切子のグラスで飲んだら、+100円の600円くらいに美味しくなったと感じたとします。実際はどのくらいの価値をプラスで感じていただけるかは個人差があると思いますが、8000円のグラスの場合は80回飲めば元が取れる計算なんです。
未来:そう思うと手が伸びやすいですよね。自分で作った江戸切子のグラスで飲むのでさえ、美味しく感じますし!
そこは「自分で作った!」というのが1つ乗ってますからね。僕の工房では1時間の江戸切子体験で2個のグラスに模様付けして6,600円のプランがあるのですが、まずはそれで作ってみて普段使いしてみるのもいいと思います。
「後継者不足」はこうすれば改善する!
未来:最後に江戸切子を新しい時代につないでいくために、何が必要だと思いますか?
江戸切子に限らず、伝統工芸の職人の世界は「後継者不足だ」ってずっと言われてますよね。僕は伝統工芸の職人が後継者不足なのは「稼げないから」だと思うんです。いくら作るものがよくても、売れて稼げないといけない。伝統工芸の業界自体も「儲かる」ということを「言ってはいけない」ような雰囲気があります。
なので江戸切子職人で年収〇千万稼いでいる人がたくさん現れたら、みんな江戸切子職人になりたがると思います。という僕も「儲かっている」と言えるほど稼げていないので、いろいろと手を打っています。TwitterやインスタグラムなどのSNSで発信したり、江戸切子のアクセサリーを作ったり、新しい企画を作ったり。それで僕のことを指名して買ってくれる人が少しでも増えたらいいなと思っています。
未来:清秀さんはご自身は職人時代に「目で覚えろ!」と言われましたが、体験のときはやさしく教えてくれますし(笑)。
そうですね。気軽にお話ができる職人ですので、ぜひお店に立ち寄ってみてください!

撮影・根津理恵子
【特典】LINEともだち登録で体験時間30分追加クーポン
【店舗DATA】
5歳の息子と2歳下の妻と暮らすパパで、息子が成長していくにつれて「育児が最高におもしろい!」と気づいて、某ゲーム雑誌編集部からアクトインディに入社。発達がゆっくりな息子と向き合いながら、毎日笑いの絶えない生活を送る。子育て以外ではゲームとお酒が好き。息子の影響で鉄道にも詳しくなった。
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